日本人なら消滅してた。ユダヤ人をつくった「バビロン捕囚」

 

数年前に京都へ行ったとき、イスラエルから来たユダヤ人2人と知り合って、次の日に鞍馬を案内することになった。
ユダヤ人が日本のお寺を見たら、どんな反応をするのか?

まずお寺の入り口に心身を清めるための手水(ちょうず)があったから、それを説明すると、2人は竹のひしゃくで自分の手に水をかける。が、口に入れることはせず。
ユダヤ教の教えから水で手を洗うのはいいけれど、水を口に含むことはできないと。
境内へ進んで行くとしめ縄が巻かれたご神木があって、「これはとても日本的!」と言って彼女たちはそれを写真におさめる。
あなたたちが木の横に並んでいる写真を撮りましょうか? と提案すると、それは「NO」と拒否られた。
木に神が宿るご神木という発想はユダヤ教では絶対にダメで、それと一緒に写真を撮ることもよくないと言う。

 

鳥居と一緒の写真なら問題ないらしい。

 

ユダヤ人について個人的に「スゲー!」と感心することは、彼らが2000年もの長い間、自分たちの国をもっていなかったにもかかわらず、ユダヤ教徒としてのアイデンティティーを失わなかったこと。
これは日本人なら考えられない。
弥生時代に敵が攻めてきて日本が負けて、弥生人(日本人)が海外へ逃げ出しそこに定住したとする。
ユダヤ人の歴史でいう「ディアスポラ」だ。
そうなったらその国の言葉や文化、風習を受け入れて、その社会にすっかりとけ込んで、自分が日本人であることなんてきっと忘れてしまう。

7世紀、朝鮮半島にあった百済が唐と新羅に攻められ滅亡したとき、たくさんの百済人が日本へやって来た。
固有の文化や風習をもっていたはずの彼らはそのあと、百済人としてのアイデンティティーを失って日本人になっていったから、いまの日本に百済人なんて1人も存在していない。
それがフツウだ。
7世紀に日本人が何らかの事情で、朝鮮半島へ逃げ延びていたとしたら、いまではすっかり韓国人か北朝鮮人になっていたはず。

でもユダヤ人は違う。
約2000年前の73年にローマ帝国とのユダヤ戦争に敗北して、ユダヤ人は各地へ散り散りになってその地で定住したにもかかわらず、ユダヤ教徒としてのアイデンティティーを失うことはなかった。
ユダヤ人として生き続けて、20世紀なかばにイスラエルという独立国を建国した。
その”自我”の強さのワケはバビロン捕囚にある。

 

ネブカドネザル2世

 

紀元前597年、エルサレムを征服した新バビロニア王国の王ネブカドネザル2世は、ユダ王国の王をエホヤキンからゼデキヤに代えた。
それがきのう3月16日(597年)のことらしい。

余談だが、『機動戦士ガンダムF91』で宇宙世紀0123年3月16日に、コスモ・バビロニア建国戦争がぼっ発したのは偶然?

このときユダ王国から、ある程度のユダヤ人たちが新バビロニア王国の首都バビロンへ連れて行かれて、そこに住むことを命じられた。
これが「バビロン捕囚」の始まり。
その後、何度かユダ王国からバビロンへ人々が強制連行される。
そして前587年にネブカドネザル2世がゼデキヤ王を倒し、ユダ王国を滅亡させて、生き残りを連れて行ったことが最後のバビロン捕囚になる。
最後の王ゼデキヤ悲惨で、目の前で子どもが殺されて自分の両眼はえぐり取られ、死ぬまで鎖につながれたという。

 

ユダ王国にいたユダヤ人は母国を失い、バビロンという外国の都市で生きていくことを強要されたわけだ。
まったく違う宗教や人間に囲まれて生活していくうちに、ユダヤ人にはどんな変化が起きたのか?
多くの異民族の中でマイノリティーとして生きることで、彼らはそれまでの自分たちユダヤ民族の歴史や、ユダヤ教について改めて深く考えようになる。
思考や議論を重ねて深めていったことでほかの民族とは違う、ユダヤ人としての独自のアイデンティティーが形成されていく。

宗教的な繋がりを強め、失ったエルサレムの町と神殿の代わりに律法を心のよりどころとするようになり、神殿宗教であるだけではなく律法を重んじる宗教としてのユダヤ教を確立することになった。

バビロン捕囚

 

こうして国がなくてもユダヤ教の教え(聖書)さえあれば、どこの土地に行ってもユダヤ人として生き続けていく基盤が出来上がった。
手水の水を手にかけるのはいいけど、口に入れるのはダメ、ご神木の写真を撮るのはOKでも、その横に並んで撮るのはNGという基準も、さかのぼればバビロン捕囚に行きつくはず。

このあと彼らは解放されて、ユダ王国があった場所へ戻る。
でも、ローマ帝国との戦い(ユダヤ戦争:66年~73年)に負けて、ユダヤ人はヨーロッパやアラビア半島などへ逃げ延びる。
そこで約2000年間生活していても、ユダヤ人はユダヤ人を失わずに存在していた。
そして1948年、かつてのユダ王国の地にイスラエルが建国されると、世界各地のユダヤ人は再びそこへ戻り現在にいたる。

日本人が弥生時代に朝鮮半島や中国へ移住してたら、きっと日本人なんて民族はいまごろ存在していなかった。
日本の歴史はユダヤ人とはまったく違う、というか反対で、異民族に一度も支配されたことがない。
異国の地でも聖書があればアイデンティティーを失わない「啓典の民」と、国土を失った歴史のない日本人では国に対する価値観は根本的に違うと思う。

 

アラビア半島にある国・イエメンにいた多くのユダヤ人は、イスラエルが建国されたと知ってそこへ移住した。
この六芒星(ダビデの星)で、昔ここにユダヤ人が住んでいたらしい。
イエメン人に話を聞くと、ユダヤ戦争のあとここにやって来たというから、この家族も2000年の間、聖書を頼りにアイデンティティーを保持していたのだろう。

 

 

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今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。