1603年3月24日、日本・英国で新時代が始まり10年後に出会う

 

ほんじつ3月24日は日本とイギリスの歴史において、「ここに陸終わり 海始まる」みたいな重大な出来事が起きた日。

1603年のこの日、日本では徳川家康が将軍になって江戸時代が始まった。
そして同じ年の3月24日、イギリスではジェームズ1世がイングランド国王になってスチュアート朝がハジマッタ。
つまり1603年3月24日、日本とイギリスで一つの時代が終わって新時代が、それもかなり重要な時代がスタートしたということになる。

ただイギリスの事情はけっこう複雑で、このイングランド国王ジェームズ1世はスコットランド王ジェームズ6世だ。
な…何を言っているのか、わからねーと思うが、ジェームズ1世はジェームズ6世だ。
彼はイングランドとスコットランドの2つの国の王になったから、イングランドではジェームズ1世、スコットランドではジェームズ6世と呼ばれていた。
こんなふうに、同じ人物が同時に2つ以上の国の君主でいる状態や体制のことを「同君連合」という。

この時代のヨーロッパでは、各国の王族や貴族による政略結婚が当たり前のように行われていて、王家の血が欧州で「拡散」されていたから、血統を重視して王位継承を考えた場合、1人の王が複数の国を同時に治めることもあった。

ジェームズは1566年にスコットランド女王メアリーの第1子として生まれて、イングランド女王エリザベス1世によって「ジェームズ」と名付けられる。
つまりジェームズの母親はメアリーで、名付け親はエリザベス1世ってこと。
再婚を繰り返したイングランド国王ヘンリー8世(1491年 – 1547年)にはたくさんの妻がいたから、母親は違うけれど、メアリーもエリザベス1世もヘンリー8世の孫になる。
メアリーはエリザベス1世の異母姉で、どちらにもイングランドの王位継承権をもっていた。
でも運命とは残酷で、メアリーはエリザベス1世の命によってイングランドで処刑される。
それをジェームズはどう思ったか。

エリザベス女王が1603年3月24日に死ぬと同時に、スコットランドの国王だったジェームズ6世がイングランド国王を兼ねてジェームズ1世となる。
このへんは大坂の陣で豊臣家を滅ぼして、1603年3月24日に征夷大将軍となって日本の支配者となった家康の方が分かりやすい。
王族・貴族の国際結婚から生まれる「同君連合」はゴチャゴチャしていて、ヨーロッパ人にとっても面倒くさいのでは?

 

日本とイギリスで、まったく同じ日に新時代をスタートさせた徳川家康とジェームズ1世。
でも、それはただの偶然で2人に接点はなかった。
というわけでもなく、家康とジェームズ1世はじつは「文通仲間」だったりする。
戦国時代の末期にヨーロッパ人がやってきて以来、日本はあちらでも知られるようになって、日本と貿易をしたいと考えたジェームズ1世は、イギリス東インド会社のセーリスに書簡を持たせて家康へ届けさせた。
1613年に家康はセーリスと会う。
イングランド国王ジェームズ1世(=スコットランド王ジェームズ6世)からの親書と献上品を受け取って、家康はイギリスとの貿易や商館の開設を認める。
この返礼として家康が贈った甲冑(かっちゅう)は、今でもロンドン塔で展示されている。
(数年前の情報では)

この年から日本とイギリスの関係が始まったので、それを記念して2013年には、「Japan 400」というイベントが開かれた。
このサイトを見ると、家康からジェームズ1世への手紙には「いくつもの雲や波にへだてられてはいるが、我々の領土はとても近いところにある」といったことが書いてあり、ジェームズ1世からの手紙にはこうある。

「Even in our country we have heard with certainty of the greatness of the glory of the Lord Shogun of Japan … Thus for ever and ever we will, we avow, communicate with Japan without any sense of distinction or separation」

我が国においても、日本の将軍様の栄光の偉大さは聞いています。
ですから私たち(イングランド)はこれからもずっと、密接に日本と交流していくことを誓います。

1603年3月24日に日英で新しい時代が始まって、その10年後にこうして両者が出会った。

 

 

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今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。