【ザ・ブリッツ】57日間連続で、ドイツがロンドンを猛爆撃

グリコの『プリッツ』ならいいのだけど、これを濁音にすると恐ろしい出来事になる。

第二次世界大戦中の1940年、きょう9月7日から「ザ・ブリッツ(The Blitz)」といわれるナチス=ドイツによるロンドンへの大空襲が始まった。

*ブリッツとは「稲妻」という意味

太平洋戦争でいえば、これは米軍による本土空襲(または東京大空襲)のようなものだ。

「ザ・ブリッツ」では57日間、連続でドイツ軍の夜間空襲をくらって、イギリス側では43,000人以上が死亡し、100万人以上が家を失った。
このときロンドン市民は地下鉄構内に逃げ込むことができたけど、日本では空襲時にそれは禁止されていた。
これが日本での被害を大きくしてしまう。

 

ドイツ軍の攻撃で破壊されたロンドン

 

ヒトラーの目的は、夜間にイナズマのように爆弾を投下してロンドンを破壊し、イギリス国民の戦意を失わせて、政府に降伏を宣言させること。

しかし、「ザ・ブリッツ」をもってしても、英国民の心を砕くことはできなかった。

8か月にわたる爆撃でも、イギリスの生産力に大きなダメージを与えることもできなかった。
ドイツはイギリスをあきらめてソ連との戦い、「バルバロッサ作戦」(Operation Barbarossa)に集中することにした。

the German High Command began planning Operation Barbarossa, the invasion of the Soviet Union. Bombing failed to demoralise the British into surrender or do much damage to the war economy; eight months of bombing never seriously hampered British war production, which continued to increase.

The Blitz

地下鉄に避難するロンドン市民

 

ドイツ軍による激しい攻撃の後、いつものように出勤する市民

 

ザ・ブリッツにも1944年のミサイル攻撃にも耐えると、今度はイギリスのターン。

1944年6月にイギリスを起点として、連合国による史上最大の上陸作戦、ノルマンディー上陸作戦が始まるとドイツは撃破され降伏に追い込まれた。

これによって、第二次世界大戦におけるヨーロッパ・バージョンは終了。
後はアジア・バージョン(太平洋戦争)を残すのみとなった。

 

 

 

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この記事を書いた人

今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。
また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。

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