やっと工事が完了し、来賓を招いて橋の開通を祝うテープカットが行われたその瞬間、橋が崩れて人びとがあわてふためく。
先日、アフリカにある国コンゴの首都キンシャサで、そんな昭和のコントみたいな出来事が発生。
小川の上に歩行者用の橋が完成し、政府関係者が出席する開通式が行われ、代表者が赤いリボンをハサミでカットしたとたん、橋が崩れ落ちてしまった。
陸橋が待ち構えていたとしか思えない最高のタイミングだ。
幸い死傷者はゼロだった。
さて、きょう9月15日は1830年に、イギリスで世界で初めて鉄道が開通したメデタイ日だ。
そして同時に、初めて鉄道の死亡事故が発生した不幸な日でもある。

リバプール・アンド・マンチェスター鉄道(1830年)
日本でシーボルト事件(1828年)が起こきころ、1830年のイギリスで世界初の鉄道開通式が開かれ、政治家のウィリアム・ハスキソンが招かれていた。
鉄道の実現に向けて協力してきた彼はこの日、最高の気分で朝を迎えたに違いない。
だがマテ、それは死亡フラグだ。
客車が一時停止したから、ハスキソンが降りて外へ出ると、首相のアーサー・ウェルズリーがいることに気づく。
「あ、どもども」とあいさつに行こうと線路を横断しようとしたら、機関車ロケット号に轢(ひ)かれて彼はこの世を去る。世界最速で。

ウィリアム・ハスキソン
当時はまだ汽笛なんてなく、旗で合図をしていたから、ハスキソンは走ってくる機関車に気づくのが遅れてしまった。
それにブレーキの性能も良くなかったから間に合わず、ハスキソンはロケット号にはねられてしまう。
これはコンゴの橋みたいなお笑いでは済まない。
ウィリアム・ハスキソンは世界初の鉄道開通式で、人類最初の鉄道事故による死亡者として知られるようになる。
「世界初」と「人類最初」がパワーワードすぎて、彼が政治家として何をしたのかなんてほとんど誰も知らない。
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