日本の若い天才薬学者が過労死する。
そして次に気づいた時、彼は異世界にいたーー。
宮廷薬師見習いの少年「ファルマ」として転生した彼は、医学の遅れた世界で未来の知識を持っているというチート能力を活かし、病気で苦しむ人々を救おうとガンバル。
「薬神」と呼ばれて無双する彼の前に、シーズン1では最後の強敵として「黒死病」(ペスト)が出てくる。
これは中世ヨーロッパ風のファンタジー世界、いわゆる「ナーロッパ」の話。
リアル世界のヨーロッパ史を見てみると、人間を徹底的に苦しめた疫病界のラスボスもやっぱり黒死病だ
発熱・悪寒・頭痛といったインフルエンザのような症状が起きて、皮膚が黒くなって死に至る「黒死病(Black Death)」によって、14世紀のヨーロッパでは人口の3分の1が死亡したと言われる。
太平洋戦争での日本人の死亡者は軍人・民間人を合わせて約300万人。
これは当時の人口の4%ほどだから(第二次世界大戦の犠牲者)、人口の3割が消滅するというのは想像を絶する非常事態だ。
黒死病(腺ペスト)によって皮膚と肉が壊死し黒く変色した指
黒死病は1348年6月にイングランドの港町で確認されると、秋までにはロンドンに到達し、翌49年の夏までにイングランド中を覆い、約600万人と推定される人口のうち40〜60%が死亡したという。
これは当時のイギリス人の記録。(黒死病)
「始まってから7年後、イングランドに襲来すると最初はドーセットシャーの海岸に合流する町や港で始まり、そこでは他の国々と同様に住民がほぼ完全に消え失せて、つまり生き残った人は殆どいなかった。」
まえにスカイプでイギリス人と話をしていたら、14世紀の黒死病の話題になる。
このとき政府や当局がどんな対応をしたのか聞くと、彼女は小学生の息子の歴史教科書をもってきてこんな話をする。
この脅威の前に人間の力はあまりに無力だった。
病気の原因は「悪い血」にあると考えて医者は患者の血を出す治療を行ったが、この出血が原因で死ぬ人もいた。
ある村では黒死病患者が発生すると、その家の入口には白い十字の印が付けられて、家族は外出を禁止された。
そして村の入口には兵士がいて、逃げ出そうとした人たちを村の中へ追い返す。
つまり、患者の出た家や村の人間を最悪、見殺しにするという無慈悲きわまりない対応。
高熱や痛みに苦しんで、体が黒くなって死ぬこの病気の正体はまったく不明だったから、この当時としてはある程度の犠牲と引き換えに、武力を使ってでも拡散させないことが最高の感染対策になったのは仕方ない。
人類がペスト菌を発見したのは1894年のこと。
*未治療の場合、黒死病の致死率は30%~60%だから、かかれば100%死亡するというワケではない。でも、確実性の高い死亡フラグにはなる。
このとき活躍したのはキリスト教の聖職者たちだ。
彼らは黒死病で死んでいく人たちに慰めを与え、最期の告白を聞き、埋葬を指示した。
ということはつまり、患者と身近に接することになるワケだから感染リスクは高くなり、聖職者はバッタバタと亡くなっていく。
聖職者は神の使者や神に近い存在であるという理由で高い地位にあって、教会は黒死病の原因を人間の不適切な行動にあると説明していた。
それで聖職者ほど死亡率が高いという現実を見て、人びとは教会が悪いことをしている、組織として腐っていると考えた。
黒死病(Y. pestis)の恐怖に対して、無力であることが証明されたことで教会は民衆の信頼を失っていく。
the higher death rate among the clergy led the people to lose faith in the Church as an institution—it had proved as ineffectual against the horror of Y. pestis as every other medieval institution.
神の意思に反する行動をしたから、神が怒ってこの恐ろしい病気をもたらしたのだーー。
人びとにそう話したことで、聖職者が特大ブーメランをくらってしまった。
さらに労働者が不足したことから、大聖堂の建設がストップされるというまさに踏んだり蹴ったり。
とはいえ民衆が神にもあきれたことはなく、教会を通さないで自分が直接的に神とつながる「私的な礼拝堂」((private chapels)をつくる動きが広まった。
これは後のプロテスタントの考え方に近い。
ここまで英国社会を激変させた病気を治癒できるのは、未来から転生してきた「薬神」しかいない。
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