ハワイがまだ独立国だったころ、1881年にカラカウア王が日本へやってきた。
国王は東京で明治天皇と謁見し、日本人移民を労働力としてハワイへ送るようお願いをする。
明治政府がそれに応え、1885年のきょう2月8日、「公認」の日本人移民が初めてハワイに到着した。
それより前の幕末に、アメリカ人が幕府の許可を得て、ハワイ王国で働くする人たちを募集していた。が、戊辰戦争で幕府が滅亡し、明治政府はその許可を取り消す。
それにもかかわらず、明治元年(1868年)に、約150人の日本人が「密出国」という形でハワイへ渡り、彼らは「元年者(がんねんもの)」と呼ばれるようになった。(ハワイにおける日本人移民)
その後も日本人の移民は増え続け、1920 年にはハワイの人口の 43% を占めるまでになる。
ハワイの農園で働く日本人
それからトキは流れ、最近、日本に住んでいる外国人がSNSでこんなメッセージを投稿した。
「At family mart but it is usually sold out fast. Still missing it!」
(ファミリーマートにいるけど、いつもすぐに売り切れちゃう。まだ見つからない!)
彼が探し求めているのは「スパムむすび」だ。
これは、日本人とハワイのきずなによって生まれた一品。
「スパム」とは、ひき肉に塩や香辛料を加え、熱して固めて作った物が入っている缶詰めのこと。
スパムは肉ではなく商品の名前で、長期保存ができるから、アメリカ軍でよく使われている。
このスパム肉をテリヤキソースやしょう油で味付けし、ご飯の上に乗せ(または挟み)、ノリで巻くと「スパムむすび」の出来上がり。
もともとハワイでおむすびは、農園で働く人たちの弁当の人気メニューだった。そんなおむすび文化から、「スパムむすび」が生まれた。
Spam musubi is a form of musubi, which originally came from Hawaii. It was a popular item among the lunchboxes of Hawaiian plantation workers.
スパムむすびは、1980年代にハワイで爆誕したことはまず間違いない。
しかし、考案者については2つの説がある。
まず、ハワイでレストランを経営していた日系人のバーバラ・フナムラが、寿司を作っているときに、スパムむすびのアイデアを思いついたという説。
もうひとつの説は、カネシロミツコが考案したというもの。
彼女は自分の店で、「みっちゃんのおむすび(Michan’s Musub)」という名前で、1日に500個を売ったという。
150年以上前に日本人移民がハワイへ渡り、現地でおむすび文化を形成した。
戦後、それがアメリカの肉文化と出会って、「スパムむすび」を生み出す。
そして、日本に上陸して、2021年にはファミマの「SPAMむすび ツナマヨネーズ」が1カ月で400万個を売り上げる大ヒット商品になった。
そして、いまも外国人がそれを求めてさまよっている。
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