幕末の侍が西洋料理を食べた感想|肉はダメだがデザートは美味

デザート好きには見逃せないニュース。
この春、マクドナルドに「宇治抹茶フラッペ」が登場した。

このフラッペという外来語は、「冷えた」を意味するフランス語の(frappé)に由来する。
もともとは、細かく砕いた氷にリキュールなどを注いで作るカクテルをフラッペと呼んでいたが、日本ではかき氷を指す。
ちなみに、フラッペとカプチーノを組み合わせると「フラペチーノ」になる。

現代の日本人なら、宇治抹茶フラッペの味を想像できるはずだ。
では、江戸時代の侍がそんなデザートを食べたら、どんなことを感じるのか分かるだろうか。

 

1858年に江戸幕府がアメリカと日米修好通商条約を結ぶと、日本はアメリカへ使節団を派遣することになった。

それが1860年に出発した万延元年遣米使節で、この77名のメンバーの中には福澤諭吉もいた。
江戸時代の日本では基本的に肉食の習慣がなかったため、彼らは肉や乳製品の多い西洋料理が基本的に口に合わず、かなり苦労した。

バターや粉チーズを使った肉料理、ハム、牛のもも肉、ゆで卵といった料理を出されたが、当時の西洋と日本では食文化がまったく違っていて、彼らの口に合ったのは、みかんとカブの酢漬けくらいだったという。

そんな侍を救ったのはデザートだった。

たとえば、加藤素毛(そもう)は氷水(氷に砂糖と果汁を加えたデザート)のおいしさに衝撃を受け、「今回の世界旅行中、第一のご馳走」と絶賛。

また、森田清行(きよゆき)もアメリカで食べたアイスクリーム(氷製の菓子)を気に入ったらしく、くわしい作り方を記している。

「氷製の菓子ハ氷ヲ打砕キ臼ニテ搗キ色ヲ染ムル由、形状婦人の姿又ハ宝袋又者日本ノ薄皮モチの如ク丸ク拵ヘ、猶氷中ニ入レ暫時ニ堅メ製スル」

彼らが食べたデザートは、氷を細かく砕いて色をつけ、婦人の姿や宝袋、日本の薄皮餅のような形にし、冷やして固めて作ったものだったらしい。

 

また、別の侍はアイスクリームについてこう書いている。

「珍しきもの有り。氷を色々に染め物の形を作り是を出す。味は至って甘く、口中に入るるに忽ち解けて誠に美味なり。是をアイスクリンと云」

日本人で初めてアイスクリームを食べたのは、この派遣団のサムライたちだったといわれる。

 

肉や乳製品とは違って、日本では古代から氷を食べる習慣があった。
平安時代に清少納言が記した『枕草子』に、日本で最も古い(とされる)かき氷の記述がある。

「削り氷にあまづら入れて、新しき金椀に入れたる」

平安時代の貴族は、氷を削ったものに甘葛(あまずら:甘いシロップ)をかけ、金属製のおわんに入れて食べていたらしい。
清少納言はこれを「あてなるもの(上品なもの)」と称賛した。

鎌倉時代の公家、藤原定家が書いた『明月記』には、氷を削って食べたり、それを酒に入れて飲んだりした様子が記されている。

江戸時代になると、6月1日の「氷の朔日(こおりのついたち)」に、氷室から取り出された氷を将軍や側近の者たちが食べる習慣があった。

こうした文化があったから、幕末の日本人も氷製の菓子なら、おいしく食べることができたわけだ。

幕末のサムライも「宇治抹茶フラッペ」なら食べられるだろうし、「天下第一のご馳走!」と称賛すると思われる。

 

 

日本 「目次」

ヨーロッパ ①

ヨーロッパ ②

【日本の氷室・かき氷】ドイツ人とロシア人が大好きな理由

外国人には「?」。日本人だけが風鈴の音を涼しく感じる理由

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この記事を書いた人

今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。
また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。

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