知人のインドネシア人(30代・男性)は静岡にある大学に通っていて、数年前に帰国し、今は母国のスラバヤという都市に住んでいる。
ちなみに、彼が日本を去る際、お土産でわたした「うなぎパイ」が家族や知人に好評だったと聞いて安心した。
さて、このまえスラバヤにいる彼と話をして、日本の思い出話を聞いたので、今回はそれを紹介しようと思う。
ーー君は日本に2年間もいたから、いろんな場所に行ったでしょ。
その中で良かったところとか、印象的な場所ってある?
良かったのは USJ! もう最っ高に楽しかった。
印象に残っているのは、部活の合宿で行った山梨県のいなかだね。
ーーUSJはすべての外国人に人気爆発だからね。USJのどんなところが気に入った?
まず、大阪が良かった。
大阪で食べたタコ焼きはどこよりもおいしかったし、私は利用しなかったけど、大阪駅にはイスラム教徒が礼拝できる場所があるって聞いた。そんな配慮がされているのは、ムスリムとしてうれしかった。
ーーそういえば、インドネシアでたこ焼きは人気だよね。
王女がたこ焼きを広めて、今では国民的な食べ物になっていると。
USJはうわさと期待どおりの夢の世界ですごく興奮した!
アトラクションだけじゃなくて、園内の雰囲気もすごく楽しかった。写真映えするスポットにあふれていたから、みんなで記念撮影をして、それが最高の思い出になったんだ。
ーーインドネシア人って、写真撮影が大好きだよねー。
まえにいろんな外国人と京都を旅行した時、2人のインドネシア人が何度も足を止めて写真を撮っていた。ほかの人を待たせているのに、2人は楽しそうな顔をしていたから、正直ストレスがたまったよ。
インドネシア人が仲の良い友だちとUSJへ行ったら、気分が爆上がりするのは想像できる。
ーーインドネシアに USJレベルのテーマパークは無いだろうから、そこが超良かったというのはわかる。もし、そこで「ひらパー」と言われたらビックリしたけど。
でも、日本で印象的だったのが「山梨のいなか」というのはなんで?
農村や自然なら、インドネシアのほうがたくさんあるだろうし。
私が住んでいるスラバヤはインドネシア第二の都市で、静岡よりも都会でにぎやかな場所なんだ。田んぼなら、浜松にいた時のほうがよく見かけたよ。
ーースラバヤの人口は約 300万人か。
しかも画像を見ると、日本の地方都市よりもビルが林立している。
すまん、誤解していたみたいだ。
オーキードーキー、「インドネシアが思っていたより都会で驚いた」って日本人はよくいるから。
ーーで、日本のいなかが印象的だったのはなぜ?
そこにいた人たちがすごく感じが良かったから。
朝、散歩をしていて、おじいさんやおばあさんと目が合ったら、ニッコリして「おはよう」とあいさつをしたり、「どこから来たの?」と話しかけたりしてくれた。
そういう感覚はインドネシア人に近いんだ。
日本の都市にいる人たちは、目が合うとすぐにそらす。悪意はなくて、それは日本の文化だと分かるけど、そういう態度をされると良い気分にはなれない。
ーー知らない人と目が合って、ニコッと微笑むのは欧米人も同じで、日本ならスッとそらす人が多いと思う。「日本人あるある」だね。
それに、そこにいた人たちはフレンドリーで、「農作業を見たいです。いいですか?」って聞いたら、理由も聞かずに笑顔で「いいですよ」って言ってくれた。
子どものころ、村で農作業の手伝いをしていたから、それを思い出してなつかしい気持ちになった。
ーーなるほど、風景も心もインドネシアと似ていたのか。
日本人について、私が好きなところはいつも礼儀正しいこと。そして、嫌いなところは冷たいこと。でも、この根本は同じだと思う。
USJのスタッフは明るくて楽しいけど、あれは仕事として演じている。
山梨のいなかにいた人たちは温かい気持ちを持っていて、それをそのまま表してくれた。
日本ではすごくめずらしい経験だったから、印象に残ったんだ。
ーーつまり、USJでは「異世界」を感じられて良かったし、いなかではインドネシアの記憶と重なったから、印象的だったと。
そんなところだね。
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