はじめの一言
幕末に艦隊をひきいて日本へやって来て、日本に開国を要求したことで知られるペリーは日本人についてこう思った。
「国民の発明力が自由に発揮されるようになったなら、最も進んだ工業国に追いつく日は、そう遠くないであろう」
「発明」は何かをモデルに、そのときの必要性から生まれることもある。
さて今回の内容ですよ。
・英語がなくても折り紙がある
・日本人的な発想
・日中韓の「学ぶ力」の違い
・英語がなくても折り紙がある
英語ができなかったら外国人とのコミュニケーションはできないか、ということはなく、それに代わる「武器」を用意すればいい。
ボクが海外旅行を始めたころは折り紙を持って行った。
泊まった宿のスタッフや同じ部屋になった人、列車で乗り合わせた外国人に鶴を折って渡すと、まず那間違いなく笑顔と「サンキュー!」が返ってくる。
ただの色紙ではなくて、和柄の折り紙だとなおよろし。
ついでにこんなことを言って、付加価値をつけると相手はさらに喜ぶ。
「この鶴には、安全に運ぶという意味があって、旅のお守りみたいなものなんだ」
英語ができなくても、自分にできるコミュニケーションツールを見つけることが大事。
日本人なら日本文化が武器になる。
アユタヤ(タイ)
タイのバンコクへ行ったとき、宿で出会ったヨーロッパ人と飲みに行った。が、ボクは英語が話せないし、面白い話題も提供できない。
それでいつもの「折り鶴作戦」で、その場で折り鶴を折って作ってみたら、酔ってたせいか意外と彼らが盛り上がる。
「見ろよ。彼は本当に手先が器用だな」
「いや違う。彼だけじゃない。日本人は手先が器用なんだよ」
「たしかに日本人の技術力はすごいな。日本製の物は質が高いしなかなか壊れない」
ちなみにボクは手先が器用じゃなくて、日本人の平均的レベルですよ。
・日本人的な発想
できあがった折り鶴はなかなか好評で安心した。
まあ、内心でどう思っているかは知らんけど。
このとき、イタリア人にこう聞かれた。
「ところで、何で君は折り紙を持っているんだ?」
「旅先で出会った人にプレゼントするため」とボクが言うと彼が驚く。
「そういう発想は、イタリア人にはないな」
それは他のヨーロッパ人も同じ。
旅先で出会った人と楽しむことは考えているけど、旅で出会う人にプレゼントを用意するなんては発想はないという。
折り紙が日本的というより、出会った人に折り鶴を渡すという発想が日本人的だと思う。
欧米人は日本人ほどは、「出会い」や「縁」というものを重視していないような気がする。
「今日は楽しかったよ、またな」と、別れもあっさりしている。
日本人は出会いや別れを大切にしている。
外国人に中学や高校の卒業式のことを聞いても、「そんなのやってない」「もう、覚えてない」というのが多くて驚く。
バンコクのワット・プラケオ
・日中韓の「学ぶ力」の違い
日本人の技術力は、世界でも高い評価を受けている。
でも、なんで日本人は高い技術力をもっているのか?
「それは手先が器用だからだろ。日本人は毎日箸を使っているから、手先が器用になるんだよ!」
イギリス人の友人がそんなことを言っていた。
そうかもしれない。
けど、そんなことを言ったら中国人や韓国人も同じだ。
でも、日本の箸は中国や韓国の箸とはちがう。
中国旅行で感じたけど、中国のお箸は長くて使いにくい。
しかも、箸の端から端まで同じ太さ。
中国の箸
日中韓の箸には、こんなちがいがあるらしい。
日本:先が細くとがっていて骨のある魚も食べやすい
中国:寸胴型(ずんどうがた)で長い、先端が丸くとがってない
韓国:小型で細く短い平たい断面
知人の中国人の話では一般的な中国の箸の長さは七寸六分で、これは「七情六欲」を意味していて、人と動物の違いを表している。
また、先端が丸くて持ち手の方が四角なのは、中国の思想の「天円地方」(天は円く、地は方形)を示しているのだとか。
韓国の新聞「ハンギョレ新聞」には、日中韓でのお箸の違いについてこう書いてある。
「中国の箸は大きくて利便性を強調し、日本の箸は結婚の際に夫婦が互いに贈り合うほど崇拝されたとすれば、韓国は匙を一緒に使いながら体の一部分(指)と考えた。同じようで違う3カ国の文化は箸にもにじみ出ている」
この他にも、日本人は自分が使う「マイ箸」をもっているけど、中国と韓国にこんな箸はないという。
マイ箸は神道の「穢れ」の考え方に由来するものだろう。
韓国の箸
日本人は魚が大好き。
それは間違いない。
「海の日」という、海に感謝する祝日があるのは世界で日本だけだ。
だから魚の骨を取るために、箸もそのように独自の進化をとげた。
これが、日中韓の手先の器用さ(技術力)に影響を与えているのかもしれない。
でも、中国人や韓国人と日本人を比べると、日本人には「つくる才能」はあるらしい。
金文学(きんぶんがく)という日中韓の事情に精通した比較分類学者は、こう書いている。
日本人の学ぶ才能を表現した話がある。
例えば、日本人がドイツから高品質の機械を輸入したとしよう。
ドイツ人は「日本人はこの機械の優秀な性能がわかっているから、これから引き続き注文がくることだろう」と得意満面で待っていた。ところがいくら待っても注文が来なかった。不思議に思ったドイツ人が」日本に渡ってみると、日本人はその機械を研究してまったく同じ性能の高品質な機械を作っていたのであった。
このように遠慮のない学びの文化がこんにちの先進国日本を創出したといっても過言ではない。「日中韓 おもての顔 裏の顔 (金文学)」
日中韓の「ものづくりのちがい」といえば、16世紀の鉄砲の生産にもそれがあらわれている。
16世紀に豊臣秀吉が朝鮮に出兵した。
このとき、中国(明)軍と韓国(朝鮮)軍がなかなか日本軍に勝てなかった理由の1つに、日本の鉄砲があった。
種子島に鉄砲が伝わって、二十四年目のことである。戦国時代であったこともあり、鉄砲の普及はすみやかであった。
日本にはすぐれた鍛冶屋さんが多かったので、すぐに国産品がつくられた。
「曼荼羅の山 陳舜臣」
何かの作り方を知っても、それをつくり出す技術力(手先の器用さ)がなかったら、それをつくり出すことはできない。
学ぶ才能というのは、手先の器用さもセットになっている。
海外旅行に行くと、そんな日本の技術力が外国で活躍しているのを見ることができる。
それは次回に。
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こちらの記事、非常に面白いです
ありがとうございます。
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