日本の「士農工商」とインドの「カースト制度」は同じか?

 

いまから20年ぐらい前、閑古鳥が鳴くインド料理店にカレーを食べに行った。
客の少ない店をあえて選んだ理由は、このときインド旅行を間近にひかえていて、インド人からおすすめスポットや注意事項なんかを聞きたかったから。

「さて、どうやって声をかけようか?」と考える必要はなく、インド人オーナーがこちらに来てカレーの辛さやチャイの感想なんかを聞いてくる。
「今度インドに行くんです」と言ったら、「そうなんですか!」と店主はテーブルの向かいに座った。

わりと和気あいあい話をしていたのだけど、ボクがこの質問をすると空気が変わる。

「インドって、いまでもカーストの身分制度があるんですか?」

それまでニコニコしていたオーナーの表情がムスッとなる。
ボクは地雷を踏んだらしい。
少し怒気をふくめながらこう話す。

「日本人はよくカースト制度のことを聞くけど、そんなものはもう、いまのインドにはありませんよ。それに、日本にも同じものがあったじゃないですか。「士農工商」ですよ。あの身分制度はカースト制度と同じです」

話を聞くとこのインド人オーナーは、いままでカースト制度について日本人から質問をうけて不愉快な思いをしてきた。
その質問をする日本人からは、「差別的な国」「遅れた国」とインドを下に見るような感じをうけたから、カースト制度のことは聞かれたくなかったらしい。
それと単純にその質問はもうされ飽きた。

ボクとしては悪気はなかったけど、このインド人にとってカースト制度というのはすごく重くて深刻な問題だったらしい。
でも、日本人はけっこう簡単にこの単語を使う。

ちょうどいま、「movie walker」にこんな記事があった。

吉沢亮、高校時代は“カースト最下位”「リア充の悪口言ってた」

この「カースト」は完全に日本語となったもの。
こんな感じに、日本人はわりとカジュアルにこの言葉を使うけれど、当事者には別の思いがあるのだろう。

 

 

さて、江戸時代の「士農工商」とインドのカースト制度は、このインド人が言うように同じものなのか?

でもそれを考える前に、改めて「士農工商」について確認しておかないといけないことがある。
もうこんな言葉は日本の教科書からなくなったのだ。
江戸時代には、そんな身分制度はなかったことがわかったから。

1990年代になると近世史の研究が進み、士農工商という身分制度や上下関係は存在しないことが、実証的研究から明らかとなり、2000年代には「士農工商」の記述は、文部科学省検定済教科書から削除される様になった。

士農工商

 

でも20年前は、この身分制度があったと考えていた日本人は多かった。
上の動きを知らなくてアップデートをすませていない人は、いまでもあったと信じているだろう。
ここでは「士農工商」という上下の身分制度があったとして、これがカースト制度と同じかどうか、店主の反論は正しいかどうかを考えてみてほしい。
歴史の勉強や頭の体操にはなるから。

さてカースト制度には次の4つの…、と言いたいところだけど、ここでもまた確認事項があった。
「カースト」という言葉も今は昔で、現在の教科書ではこの4つの身分は「ヴァルナ」となっているのだ。

ヴァルナとカーストについてはここをクリック

ヒンドゥー教社会を四層の種姓に分割する宗教的身分制度である。共同体の単位であるジャーティも併せ、カーストと総称される。

ヴァルナ (種姓)

 

でもまだ「カースト」という言葉になじみのある人が多いと思うから、ここではその用語を使うことにする。
ヒンドゥー教のカーストには次の4つがある。

バラモン(ヒンドゥー教の聖職者)
クシャトリヤ(王・戦士・貴族)
ヴァイシャ(製造業者・市民)
シュードラ(農牧業・手工業者・労働者)

いまにもつぶれそうなカレー店のオーナーの主張が正しくて、これと同じ身分制度が日本にもあったのか?

結論からいうと、そんなことはない。
インド人オーナーの認識は間違っている。
カースト制度と士農工商は身分制度ではあるけれど、その中身は本質的に違うのだ。

以前、インド人と味噌工場見学に行ったとき、それを確信した。

 

「八丁」の由来は単純。
この工場のある岡崎市八帖町はかつて「八丁村」と呼ばれていた。
これは岡崎城から西へ八丁(約870m)離れていたから。
工場見学ではこんなことも教えてくれる。

 

この工場の中を見て回っていると、ガイドが下の説明をはじめる。

 

江戸時代、幕府に味噌を献上していたこの工場(当時は店?)のオーナーが、その功績や多額の金を納めたことなどを認められて、町民から武士の身分に認められた。
これで苗字帯刀、移動の自由という武士と同じ権利を手に入れる。

 

 

このとき一緒にいた2人のインド人の話では、カースト制度だったらこんなことは絶対にない。
町民(ヴァイシャかシュードラ)からクシャトリヤへとカーストが変わることはあり得ない。
カーストは“血”で決まるから、政府への貢献や金の大きさは無関係。
カーストを守ることはヒンドゥー教徒にとって一番大事な義務だから、別カーストへの移動なんて誰も認めない。
200年ほど前のインドなら、これを口にしただけで殺されるかもしれないという。

でも日本の「士農工商」では、それほど珍しいことではなかった。

江戸時代の職業は世襲が原則とはいえ、百姓・町人の間では職業(身分)の移動は比較的容易であり、武士の下層(徒士)や足軽との身分移動もあった。

士農工商・身分移動

ということで士農工商とカースト制度は、身分間の移動が「比較的容易」と「絶対不可能」という点で本質的に違うのだ。

 

おまけ

ヒンドゥー教徒の聖地「ヴァラナシ」

 

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2 件のコメント

  • 現実にはなかったものとして既に教科書からも削除された「士農工商」を、今ここであったものと仮定して考えるよりも、実際の日本に存在した身分制度に比較して話をする方が有意義だと思いますが。
    日本の江戸期まで実際に存在した身分制度は、武士、平民(農民と町人)、穢多・非人の三段階です。このうち特に穢多・非人(穢れているとされた人々、職業的には製肉・皮革業とか、異民族だったという説もあり)と上位者との間は階級が厳然と分かれていて、身分の相互移動もほとんどなく、また世代間で伝承されます。したがって、インドのカーストに類似の社会制度と言えないこともない。

    それと、文中に出てくる「スクール・カースト」という用語ですが、米国の高校における階層序列に基づいて日本人が独自に作った和製英語であることも注意する必要があると考えます。また英語圏では「カースト」という単語は日本語ほどにはポピュラーではない。どっちかって言うと、まともな市民は口にして使うべきではない「隠語」みたいな捉えられ方をするのではないですか?

  • インド人の認識を重視して記事を書きました。
    そのインド人の見方ではカースト制度は「士農工商」に対応するものでしたので。

    カーストが英語圏で「隠語」になっているかどうかは分かりません。
    アメリカ人やイギリス人とカーストについて話したときは、特にそんな様子は感じませんでした。

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    今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。