第一次世界大戦で大逆転!ひん死の欧州と成金の日本

 

先週、アメリカ人と話をしていたとき、日本に来る中国人のマナーが話題になった。

「彼らのマナーはひどいね」と日本のテレビ番組で何度も聞いた話をしたあと、彼は「でも、大学で英語を教えている中国人学生はそうでもない。彼らは日本人とそれほど変わらないよ。自己主張が強いところは全然ちがうけど」と言う。

日本へ旅行に来る中国人の中高年には、株や土地の売買でとつぜん金持ちになった人が多い。そういう人たちは若い中国人と違って、マナーや社会教育を受けていないんじゃないかな?ということを話す。
ついでにワンポイント日本語レッスンで、そういう人を「成金」と呼ぶことを教えた。

英語でもそんな表現があるのか聞いたら、彼は「nouveau riche」(ヌーヴォー リーシュ)と言う。
これはフランス語だけど、アメリカ人はこの言葉をよく使うらしい。
意味は本当に成金と同じで、急に金持ちになったけど教養やマナーが身についていないような人を指す。

ここから話題は歴史へと移った。
もうすぐ11月11日で、この日は日本で「ポッキーの日」だけど、欧米では「第一次世界大戦の終戦記念日」という重要な日になっている。

1918年11月11日に第一次世界大戦が終わった。
それで毎年この日に、欧米をはじめ世界各国が記念式典を開いている。

いまネットを見てみたら、「ELLEgirl」にこんな記事(11/11)があった。

献花を見ていた女王が目元に手をやり、涙を拭っていた様子をカメラがキャッチしている。公の場所で女王が感情を露わにするのはとても稀なことだとイギリスマスコミは報じている。

エリザベス女王、戦没者追悼記念式典で涙

1918年11月11日、ドイツと連合国との間で休戦協定が結ばれた。

 

ヨーロッパでは6千万人が兵士として動員され、人類史上最大の戦争の1つとなる。
航空機、毒ガス、戦車、機関銃、潜水艦といった新兵器が使われたこともあって、死亡率は桁違いに上がった。
戦闘員900万人以上、非戦闘員700万人以上が死亡する大戦争だ。

そのへんのことはこの記事をどうぞ。

第一次世界大戦はどんな戦争なの?新兵器と総力戦とは?

 

バイクショップのレッドバロンはこのとき活躍したドイツの撃墜王リヒトホーフェンがモデル。

 

 

戦場がヨーロッパに集中していたから、日本にはほとんど影響がなかった。
日本も連合国側で参戦していて、中国や南太平洋にいたドイツ軍をたたいたりヨーロッパへ派兵したりしたけど、英仏独などヨーロッパ諸国の被害に比べたらぬるすぎる。

それどころか、日本はこの戦争で大もうけをさせてもらったのだ。
高校日本史ではこれを「大戦景気」とならう。

大戦景気

1915~1918年の好景気。ヨーロッパの交戦国が輸出できなくなったアジア・中国市場を、日本が独占した。アメリカ向けの生糸輸出増加、造船業・海運業の発展により、日本はこの間に債務国から債権国に転じ、工業も飛躍的に発展した。

「日本史用語集 (山川出版)」

「大正バブル」ともよばれる。
ちなみに大阪市は「東洋のマンチェスター」とよばれていた。

日本が農業国から工業国になったのもこのときだ。
くわしいことはここをクリック。

大戦景気 (日本)

 

それまで借金国だった日本はこの好景気で一気に完済して、外国にお金を貸す側となった。
国内では大儲けして巨万の富を築いた「成金」が現れる。

*成金はもとは将棋用語で、「歩」が敵の陣地に入ると「金」に成ることに由来する。

 

大戦景気の成金

歴史教科書でこのおっさんを見たのでは?
足元を明るくするために百円札に火を点ける。
いまでいうなら一万円札を燃やすようなもの。(この時代の百円札はもっと価値があったかもしれない)

 

というわけで第一次世界大戦では、日本はほぼノーダメージで金持ち国になったわけだ。
連合国の一員としても、経済的にもまさに勝ち組。
当時の国際社会からみたら、日本という国が成金だろう。
そんなことをアメリカ人に話すと、「そりゃ、さぞかし世界から恨まれただろうな」と言う。
たしかにお札を燃やすほどのバカではなかったけど、日本は相当浮かれていたと思う。
欧米の視線は冷え切っていただろう。

 

 

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青いキットカットの時代:イギリスと日本と第二次世界大戦

世界の11月11日③欧米では、第一次世界大戦の終戦記念日。

 

2 件のコメント

  • > たしかにお札を燃やすほどのバカではなかったけど、日本は相当浮かれていたと思う。
    > 欧米の視線は冷え切っていただろう。

    うーん、どうですかね。そこまで注目されてたかなぁ?
    確かに、日本のことをよく知っている欧米人はそうかもしれないです。が、実情として、その頃の欧米人はまだ世界のことを「大西洋を中心に」考えるのが当然だったのではないか。日本は、オリエントやインドや中国をも超えたはるか東の極東の島国。もしくは西海岸からハワイを経て日付変更線も超えた太平洋の向こうの島国。でも聞くところによると、その島国がチャイナとロシアに戦争で勝ったらしい・・・。
    そんな感覚の欧米人が当時はまだ大半だったのではないかな?

    欧米から注目・警戒されるようになったのは、世界初の空母や超大型戦艦を作って海軍を充実させ、その一方で満州国を支配して陸軍がユーラシア大陸に進出するようになってからのことだと推定します。

  • 当時の日本がどれほど注目されていたか具体的に言うのはむずかしいのですが、黄禍論として警戒されてはいました。
    日清・日露戦争の勝利で白人優位の世界秩序を壊すかもしれない、とヨーロッパ諸国からは思われていました。
    第一次世界大戦では相対的に国力を上げましたから、どちらかと言えば悪い意味で注目されたと思います。

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    今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。