【ひな祭りの起源】日本・中国・韓国の文化「曲水の宴」

 

着物、扇、鯉のぼりといった日本の伝統文化には共通点がある。
どれも中国から伝わったものだけど、日本人の好みに合わせて「魔改造」した結果、いまでは日本独自の文化になっているのだ。

いままで会った中国人・台湾人・香港人は「登竜門」の話は知っていたけど、それが日本へ伝わって「鯉のぼり」になったということはまったく知らなかった。
鯉のぼりを見ても、登竜門の話がまったく思い浮かばないと言う。

中国人が驚いた鯉のぼりの意味と由来。「登竜門」だったとは!

 

日本人は中国文化の「コピー」はしない。
中国由来の文物を日本風にアレンジして、新しい価値や表現を加えて別ものにしてしまう。

そんな日本文化の特徴を韓国生まれの日本研究者、呉善花さんがこう書いている。

日本の生け花、お茶、庭、盆栽などについて、そのベースが中国にあったにせよ、(中略)それらの文化は、日本の土壌のなかで高度につきつめられ、もはやコピーを脱した独自の輝きをもって自立していることを、誰もが認めるしかないからである。

「日本の驕慢 韓国の傲慢 (徳間書店) 呉善花」

 

さて、きょう3月3日はひな祭りだ。

この由来も中国にあって、3月3日に心身を水でキレイにして、詩や酒を楽しむ「曲水の宴」(きょくすいのうたげ)が日本に伝わって、いまのひな祭りになったといわれる。

中国においては、古い時代から上巳に水辺で禊を行う風習があり、それが3月3日に禊とともに盃を水に流して宴を行う(流觴曲水=盃を曲水に流す)ようになったとされる。

曲水の宴

上巳(じょうし)とは旧暦の3月3日のことで、この時期には桃の花が咲くから「桃の節句」とも呼ばれる。

 

 

上のように水の流れのあるところに座って、上流から流れてくる酒の入った盃(さかずき)が自分の前を通り過ぎる前に、詩を詠んで盃の酒を飲んで次へ流す。
こんな風流な曲水(きょくすい)の宴が2000年以上前の中国で行われていたという。

日本ではこれが奈良時代からに盛んになって、3月3日に天皇主催の宮中行事として開かれていた。
平安時代になると曲水の宴は一般的に流行して、貴族の家で遊びとして行われるようになる。
漢詩ではなくて和歌を詠んだところが中国とは違う。

この中国からきた曲水の宴が現在のひな祭りにつながったと、今朝の毎日新聞のコラム「余禄」に書いてあった。

災いばらいの意味もあり、日本に取り入れられた後、紙の人形などを流すようになり、飾りびなにつながったという。

ひな祭りの由来は古代中国で…

 

果たしていまの中国人が日本のひな祭りを見て、その起源が曲水の宴だと気づくだろうか。
韓国出身の人が日本文化を「コピーを脱した独自の輝きをもって自立している」と評したように、ひな祭りもあまりに日本風に変えられてしまったから、鯉のぼりと同じくきっとわからないだろう。

 

京都御所のにふすまに描かれた曲水の宴

 

 

朝鮮半島にもこの文化は伝わって、古代朝鮮では日本と同じく盛んに行われていたけど、朝鮮時代になるともう記録がない。
朝鮮人の感性に合わなかったのか、この文化はなくなってしまった。
でも「韓国の京都」とも呼ばれる古都・慶州市に、新羅時代に曲水の宴(流觴曲水宴)をしていた鮑石亭(ポソッチョン)という水溝がある。

 

これはアワビの形らしい。

 

 

 

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中国文化の日本文化への影響②日本風にアレンジした5つの具体例。

中国 「目次」

日本 「目次」

韓国 「目次」

 

4 件のコメント

  • >韓国人が日本文化を「コピーを脱した独自の輝きをもって自立している」と評したように

    この表現は、このままでは嘘になってしまいますね。正確には、「(もと韓国人の)呉善花氏が日本文化を・・・」ですね。
    他の大多数の韓国人は、「日本文化は単なる中国のコピーだ、だから自分達も日本からコピーするのに何らやましいことは感じる必要がない」くらいに考えてますよ。

  • 曲水の宴がひな祭りに移行していったとは知りませんでした。 流しびなは知ってます。 山陰のどこかの行事だったと思います。
    韓国の時代劇見てると「キョック」って馬上競技がよく出てくるんですよ。 イギリスのポロみたいな感じ。
    中国の時代劇にも出てこないし、もちろん日本では見ません。 韓国独自の競技があったんだなぁと思っていましたが元は中国だったようです。 日本にも伝わったみたいですがそもそも馬の数が少なく大切な戦力であり労働力でもあるので論外だったみたい。
    中国も同じような考えだったらしくすたれていったみたいです。
    ずっと守ってきたのは朝鮮王朝だけ。 紙もそうですが中国から伝わった工法をそのまま続けているのも朝鮮だけ。 発明した中国ですら時代を経て工法が変わっていったとのこと。 もちろん日本は材料の問題で早々に変えていきました。 海に囲まれて孤立しているから独自化していったんでしょうね。 面白いですね。

  • 呉善花さんは日本に帰化したのですね。知りませんでした。
    ご指摘ありがとうございます。
    修正しておきました。

  • 曲水の宴がひな祭りの起源というのは私もコラムで初めて知りましたよ。
    韓国の場合は苗字の一文字化とか宦官、科挙など中国のものを日本より多く取り入れていました。
    でもその反動かいまは漢字を使わないし、中国のものを拒否してますね。
    日本は島国で平安時代に遣唐使を廃止してから国内で独自の文化を育てて、国風文化が生まれました。
    交流をストップしたら自然と国内で熟成することになります。

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    今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。