まえに中国旅行で、「日本の病気除けのお守りみたいなものって、中国にありますか?」と日本語ガイドに聞いたら、「鐘馗(しょうき)ですね」という答えが返ってきた。
現代ならインフルエンザや新型コロナなど流行り病の原因はウイルスと判明していて、ワクチンという武器があるからいいけど、千年以上前の人間にそんなことがわかるはずもなく、そうした病気は鬼や物の怪など目に見えないもののしわざだとマジで考えられていた。
そしてそんな悪鬼を退治する者として、中国人は鐘馗(しょうき)という想像上の人物(神)を作り出す。
鍾馗には鬼さえ恐れるほどの力があって、中国・台湾・日本・韓国やベトナムなど中国文化の影響が強いところでは庶民の守り神になっていたのだ。
きょうは5月5日だから、日本でも昔から有名なこの魔除けの神について知っていこう。
江戸時代の浮世絵師・歌川 国芳(うたがわ くによし)が描いた鍾馗
さて話は中国の唐の時代、6代目皇帝・玄宗(げんそう:685年 – 762年)にさかのぼる。
この皇帝、前半は素晴らしい政治をおこなって唐の黄金時代を築いて「貞観の治」なんてホメられたけど、のちに中国三大美女のひとり楊貴妃を愛しすぎて国政をおろそかにしてしまい、安史の乱という大反乱を招いてしまう。
話はそれるけど、「安史の乱で、いまの中国ってかなりヤバいらしいですよ」と奈良時代の貴族・小野 田守(おののたもり)が朝廷に報告したことが遣唐使廃止の一因となった。
この玄宗皇帝が病気(マラリアといわれる)にかかって、高熱でうなされていたときに不思議な夢を見た。
そこは鬼が暴れまわっている宮廷の中で、やがて大きな鬼がやってくると、鬼どもを捕らえて食べてしまった。
「やば!コイツ強すぎ」と感心した(きっと)玄宗がおまえは何者かとたずねると、その鬼は鍾馗(しょうき)と名乗る。
*このあと日本語のウィキペディアでは「高祖皇帝は自分を手厚く葬ってくれたので、その恩に報いるためにやってきた」と告げたと書いてあるけど、英語版ウィキペディアでは「 He said that he had sworn to rid the empire of evil」(自分は唐にいる邪悪なものを駆逐すると誓った)となっている。
まーとにかく鍾馗は自らを国の守護神としたわけだ。
「はっ」と夢から覚めたアリスは、じゃなくて玄宗は、病気がすっかり治っていることに気づく。
玄宗は画家を呼んで鍾馗の絵を描かせると、完成した絵は夢で見た鍾馗そのもの。
これがきっかけで中国では新年になると鍾馗の絵を門に貼る風習が生まれて、現在でも魔除けの「門神」として鍾馗を入口に貼る家もある。
そして中国から日本・朝鮮半島・ベトナムの東アジア全体に鍾馗が知られるようになった。
*ベトナム語で「Chung Quỳ」、ハングル文字では「종규」になる。
鍾馗について調べるなら、世界中の人が見るであろう英語版ウィキペディアには、
「Zhong Kui (Chinese: 鍾馗) is a deity in Chinese and also Japanese mythology (where his name is pronounced Shōki)」
と中国と日本の神話に登場する(道教の)神様と説明されている。
だから韓国やベトナムよりも、日本でのほうが鍾馗の存在感はありそう。
門神
門神は鐘馗の他にもいくつかいる。
「ここから先、邪悪な者の侵入を許さない!」という意味では、お寺の前でおそろしい顔でにらみつけている仁王像と同じだ。
知人の中国人に、疫病除けの妖怪アマビエに似たものが中国にもいるか聞いたら、彼はこの門神の話をした。
アマビエについてはこの記事を。
アマビエ
さて鍾馗が鬼殺しの鬼神になった経緯だけど、日本のウィキペディアでは科挙試験に落第したことを恥じた鍾馗が自殺したことになっている。
でも英語版では鍾馗は試験に受かったけど、醜い外見(ugly appearance)のために皇帝から合格をはく奪されたことを恥じて、宮廷の門に頭を何度もぶつけてそのまま自殺したとある。
自殺した罪で地獄に落とされた鍾馗はその博学や才能を地獄の王ヤマから認められて、「鬼(死者・幽霊)の王」という称号をもらい、鬼を捕まえることをふくめてすべての鬼の統制をまかされた。
玄宗を苦しめた鬼を簡単に退治できたワケだ。
そして地獄で鬼の王となった鐘馗は、大みそかになると中国の故郷に戻ったという。
つまり新年は中国で過ごしたということだろう。
Yama then gave him a title, as the king of ghosts, and tasked him to hunt, capture, take charge of and maintain discipline and order of all ghosts. After Zhong Kui became the king of ghosts in Hell, he returned to his hometown on Chinese New Year’s eve.
鬼神の王となった鍾馗と五匹のこうもり(右上)
中国でこうもりは幸運を意味する。
日本で鐘馗は奈良か平安時代に伝わって、魔除けの神さまとして近畿地方ではその像を屋根の上に置いたり、関東では五月人形として飾られるようになった。
京都の民家に飾られている鍾馗
千年帝都の京都は歴史が長くて文化は奥深い。
だからいろんな楽しみ方があって、京町家の「鍾馗さん」を探しながら街歩きをする人もいるのだ。
くわしいことはここをどうぞ。
京町屋の小さな守り神「鍾馗さん」を探して、京都の街並み散策を楽しもう!
寺院の鬼瓦を見て逃げだした鬼が家に来ないように、住民が屋根に鍾馗を置いたという話もある。
さてこの記事でSNSで鍾馗を紹介したら、後日こんなコメントをもらった。
「子どものころ実家の屋根の上に、20cmぐらいの小さな「しょうきさん」が針金で括り付けてあった。何かのお守りだとは聞いていたので、石を投げつけたりはしなかったw」
いまでは日本の神道の一柱となっていて、京都には鍾馗を祀る神社がある。
京都市東山区ではたくさんの鍾馗が家、まちを守っているが、同じくまちを守る地蔵には地蔵盆があるのになぜ鍾馗にはそのような感謝する祭事がないのか、この素朴な疑問から始まり、鍾馗を正式に神格化して感謝する神社、そして鍾馗祭りが実施された。
鍾馗は道教の神様で、台湾では病気や災いをもたらす悪鬼をはらう時に、こんなふうに巨大な鍾馗の像が街を歩くという。
上の写真はたぶん鍾馗ではなくて別の神様。
この発想は祇園祭りに似ている。
また台湾在住の日本人の話だと、鹿港というところでは、首吊り自殺で使用した縄を鍾馗に頼んで海でお祓いする儀礼が残っているという。
広島県尾道市では「ソバ」「ベタ」「ショーキー」の鬼神が街をねり歩く「ベッチャー祭り」があって、この鬼神に叩かれたり突かれたりするとその1年間、風邪や病気にならないという。(ということを読者さまのコメントで初めて知りました)
上の「ショーキー」とは鍾馗だという説がある。
島根や広島で伝統芸能としておこなわれる神楽の様式のひとつ、石見神楽(いわみかぐら)でも鍾馗が出てくる。
2020年のことしはコロナ退散のために舞を披露した。
玄宗皇帝を苦しめる疫神を鍾馗が退治するという物語で、このとき日本神話のスサノオが唐に行って鍾馗になったという設定で演じられることもある。
さらにこんな説もアリ。
鍾馗が退治に使う茅の輪は夏の無病息災を願う神社縁起「茅の輪くぐり」のルーツと言われる。
鍾馗は魔除けの神だけど武神のような扱いをされたらしくて、第二次世界大戦中には、優れた上昇力や加速力を誇った日本軍の二式戦闘機の愛称として「鍾馗」が採用された。
鬼の王がどこまで米軍機に通じたのかは謎。
中国の民族宗教・道教の神様で、日本の神になったり戦闘機になったりしたのは鍾馗だけ。
「鬼」も「道」も、中国(及び香港、台湾、韓国)での単語のイメージと、日本人の連想するそれとの間にはかなりのズレがあって、しばしばピンとこない場合があるのですよね。
日本の「鬼」は、「体が大きく、怪力で、天然パーマの頭から角を生やした、皮膚の色が赤や青だったりするヒューマノイド(人型の動物)」ですかね。でも中国文化圏の「鬼」は、幽霊、亡霊、悪霊、妖怪、化物といったところ? あの「キョンシー」なんかも鬼の一種ですよね。さらに日本人に対する悪口として「小日本鬼子(シャオリーペンクイツ)」なんて言い方も、「小」と「鬼」に罵りの気持ちが込められています。(出典は「山崎豊子作:大地の子」「ブルース・リー主演:ドラゴン怒りの鉄拳」など、やや記憶が曖昧。)
また、日本人が「道」というと「修業の道」のような修むるべき「理論・行動を伴った学問体系の筋道」のように考えるのですが。一方、中国文化圏においては「宗教、魔法、幻術、妖術、人心掌握法」のような感じを受けます。
中国で「道教」が発展したのは、後漢時代末からの「五斗米道」が、昔の老荘思想を取り入れたことに起源があるなどという説もあります。当時の「道教」は概ね常に反体制運動の扱いを受けており、三国時代の魏・呉・蜀のいずれからも排撃され、各三国の皇帝たち(特に魏の時代)は道教・仙人を「世を惑わす幻術使い」として非常に嫌っていたようです。
ちょうどその頃、朝鮮半島のさらに先の東の島国に「卑弥呼」という名の女王がいて、「『鬼道』に仕え、よく衆を惑わす」ような方法で倭国を統率していたことが描かれています(正史三国志のうちの魏志・倭人伝)。この記述は、おそらく、当時のそのような道教と政治に対する考え方と無関係ではないでしょう。
つまり、はるか東の海の小さな島国の野蛮人は、こともあろうに女を国王として立て、しかもその女王は幻術使いの技で民衆を支配しているらしいと。いやはやごもっとも、さすがは中国四千年の歴史の国だよなぁ。
私は尾道なんですが~尾道にはベッチャーというお祭りがあります。
3人の鬼が棒をもって商店街を歩きます。
その棒でたたかれると頭が良くなるとか風邪をひかないとか言われています。
私も叩かれたんですがもう成人していたので頭は良くなりませんでした(笑)
そしてその冬も見事に風邪をひきました(^▽^;)
さて鬼の名前は「ベタ」「ソバ」「ショーキ」と言います。
「ショーキ」はきっとこの「鍾馗」のことだと思われます。
ベッチャーという祭りを初めて知りました。
調べてみたら、たしかに鍾馗という説がありますね。
興味深い情報なので、さっそく記事に追加させてもらいました。
風をひくかどうかは気合の問題ですね。といい加減なことを言う。
そうなんですよね。
「鬼」は中国語で「ゴースト(幽霊)」のことで、日本の化け物とは違います。その辺で「あれ?」と思ったことがあります。
「神道」の道も中国語で宗教のことでしょう。