【レストランの始まり】フランス革命が外食文化を生んだワケ

 

きょねん東ヨーロッパから日本へ旅行でやって来たリトアニア人の女性から、「手ごろな値段で日本食を食べれるレストランに行きたい。どこか知ってる?」と聞かれた。

「そんな条件を満たすところといったら、あそこかな?」ということで、「まいどおおきに食堂」へ直行。
すると反応は予想通りで、「日本料理に興味があるけど、リトアニアには寿司しかない」という彼女にとって、大学芋やきんぴらごぼう、高野豆腐といった未知の日本食がならぶここはパラダイスで「素晴らしい!」と絶賛していた。

 

まえに台湾人をここに連れてきたときには、「冷奴」という漢字で、なんで豆腐料理になるのか理解不能で首をひねっていた。

 

 

だし巻き卵は完全な日本料理だけど、このリトアニア人はフランスでこれと似た卵料理を食べたという。

リトアニアでは考えられない「緑茶飲み放題」というサービスに感激する彼女といろいろな話をしているうちに、レストランの起源の話題になった。

「イスとテーブルがあって、客が料理を注文して食べる。そんなレストランがヨーロッパで普及したのは、18世紀のフランス革命がきっかけなの。フランス革命は知ってる?」

ええ、まあ。「ベルサイユのばら」をテレビで見ましたし。

「フランス革命のせいで料理人は仕事を失ってしまった。それで彼らは街に出て、自分でお店を開いて市民に料理を提供するようになった。それが現在、世界中にあるレストランにつながったの」

「へ~」と言いながらも、実はその話は知っていた。
高校の世界史の授業で、先生が「レストランはフランス革命から生まれた」なんて言っていたのを聞いて、「マジか!」と思った記憶がある。

restaurantという言葉は、もともとフランス語で「回復させる」という意味だった。
ブリタニカ国際大百科事典の解説によると、レストランとは元気を回復させるスープの名前で、1765年にある男がこのスープを提供する目的で、パリに「レストラン」という飲食店を開く。
その後、同じような店がたくさんできて、レストランという言葉は普通名詞となった。

その30年ほど後に、フランス革命が起きて外食文化が花開いたことは、英語版ウィキペディアにくわしい説明がある。

The French Revolution caused a mass emigration of nobles, and many of their cook chose to open restaurants.One restaurant was started in 1791 by Méot, the former chef of the Duke of Orleans, which offered a wine list with twenty-two choices of red wine and twenty-seven of white wine.

Restaurant

パリの伝統的なレストラン

 

フランス革命のために多くの貴族が地方へ逃げてしまい、残された料理人は街でレストランをオープンすることにした。
*彼らは貴族の城に、住み込みで働いていたわけじゃないと思われ。
貴族のおかかえシェフだった人物が1791年に始めたレストランでは、22種類の赤ワインと27種類の白ワインからなるワインリストを提供していたという。
るねっさ~んす。

こういうレストランが次々と現れて、パリを中心にフランスの外食文化が発達していく。
これは世界でも初めてのことだろう。

それにしても、だし巻き卵とコシヒカリを食べながら、フランス革命の話をする日がくるとは!

 

ちなみにウィキペディアによると、パリで初めてカフェがオープンしたのは1672年だ。(The first café opened in Paris in 1672 at the Saint-Germain fair)
フランス革命が成功した大きな要因に、人びとが集まって自由に論議することのできたカフェの存在がある。
これはわりと知られた話で、インターネットには「革命はカフェから始まる : フランス革命とカフェ」なんていうサイトもある。

では、いまも営業している伝説的なカフェ「プロコップ」を紹介しようして記事を終えよう。

革命期には、フリジア帽が自由の象徴となり、ル・プロコップに最初に飾られた。コルドリエ・クラブ、ロベスピエール、ジョルジュ・ダントンそしてジャン=ポール・マラーはこのカフェを会合の場所として使っていた。

カフェ・プロコップ

つまり、カフェが生まれたことでフランス革命が起きて、レストランが登場することになるわけだ。

 

おまけ

首都で殺りくをともなう動乱や大混乱が発生し、それを避けるために貴族が地方へ逃げのびたことで、結果としてそれまで上流階級だけにあった文化が庶民のものになったという例は日本にもある。

応仁の乱とその後始まった争いを嫌って京都を出た貴族が、地方に京の文化を伝えたことで各地に「小京都」が生まれた。

これら都の流行の最先端の文物は戦国時代に広く地方へと普及していき、多くの小京都が生まれた。こうしてやがて国民文化として発展していくこととなった。

室町文化

 

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4 件のコメント

  • カフェーでの議論の文化がフランス革命の発端となり、フランス革命によって王侯貴族に雇われていた料理人たちが仕事を失ったことで、レストランを開業し、フランス国内へ普及するきっかけとなった、そのことはおそらく事実なのでしょう。記録もあるのでしょう。ですが、それが世界中へ外食文化が拡がる起源となったというのはどうですかね? おそらく、ヨーロッパ以外の地域おける外食の歴史は、フランスのレストランとは関係ないのでは?
    >それが現在、世界中にあるレストランにつながった
    というリトアニア人のコメントは、「そのフランス語の『レストラン』という用語が、現在は世界中で、外食店のことを指す用語として使われている」という意味においてのみ、正しいと思いますね。
    スペインのバールや中国の酒家、江戸の料亭や飯屋なんかは、フランスの「レストラン」に関係あるとは思えません。

  • ここにある英語版ウィキペディアの記述はご覧になったでしょうか?
    飲食店の種類はいろいろありますが、「レストラン」という言葉は世界中で使われていて、その起源はフランスにあるのは確かです。

  • もちろん読みましたし、その事実は知っています。ただねぇ、
    ① >イスとテーブルがあって、客が料理を注文して食べる。そんなレストランがヨーロッパで普及したのは、18世紀のフランス革命がきっかけなの。
    ② >restaurantという言葉は、もともとフランス語で「回復させる」という意味だった。
    の両者を比較すると、①の方がはるかに印象が強いので、読んだ人は②以降の文章が頭にぜんぜん残らないだろうと、私の主張はそういう意味です。
    投稿、あるいはNET書き込みする前に、全文を自分で読み返してみて、全体を通しての印象に間違いないか確認することも重要だと思いますよ。

  • コメントは大歓迎ですが、記事の内容の範囲内でお願いしたいと思います。
    例えば「日本語の特徴」を「日本語だけの特徴」と誤解して論説を展開されても困ります。
    基本的には記事にある言葉だけを使ってください。
    言葉の一部から思いついた何かで話を進めると、記事の内容と関係なくなってしまいます。
    今回の場合はあくまでレストランの話なので、レストラン以外のものは対象外です。

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    今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。