寛政の改革をおこなった松平定信が1791年に江戸の銭湯で男女の混浴を禁止したころ、フランスでもそれに匹敵する大きな出来事が起きていた。
1789年のフランス革命だ。(いやいやいや)
市民が中心となっておこなわれたこの革命でルイ16世が処刑されて(妻のマリーアントワネットも)、絶対王政は終わりをつげ、それまで市民の重税で楽をしていた貴族やキリスト教の聖職者は特権をうしなった。
このときキリスト教は徹底的に弾圧され、いま世界的に有名なモン・サン=ミシェル修道院は囚人をぶち込む牢獄に変えられてしまう。
これはむしろご褒美では?
フランス革命で勝利を手にしたフランス国民議会は、人間の自由と平等・国民主権・圧制への抵抗権・言論の自由・所有権の神聖(不可侵)など、普遍的な人間の権利を認める「フランス人権宣言」(人間と市民の権利の宣言)を採択。
これはフランス革命の重大な成果で、貴族や聖職者など以前の支配者層に対する市民の勝利宣言でもある。
フランス人権宣言はのちの世界基準になって、日本をふくめ世界中の国がこの理念を採用することになる。のだけど、これは完全無欠ではなく、現代の人権感覚からすると不十分な部分があるのも確かだ。
この宣言において人権が保障されていたのは、「市民権を持つ白人の男性」のみである(Homme=「人」=「男性」、Citoyen=「男性市民」)。これは、当時の女性や奴隷、有色人種を完全な人間として見なさないという観念に基づくものである。
黒人などの有色人種が「人間」や「市民」と認められるのはまだ先のことで、この時代ではこれが限界だった。
でも現在の価値観で過去を見たら、足りないところやツッコミどころがあるのは当たり前だから、特にいまの善悪の倫理感覚で過去を裁くことには慎重にならないといけない。
フランス革命と人間の自由や平等を保障する人権宣言は当時の世界では画期的な出来事で、その後の人類の歴史を変えた重要な出来事であることには異論なし。
フランスの憲法制定国民議会がフランス人権宣言(人間と市民の権利の宣言)を採択したのが1789年の8月26日、つまり今日なんですよ。
フランス革命の中心となったのはこんな「サン・キュロット」
キュロット (culotte) とは、フランス貴族の男子がはいていた半ズボン(キュロットパンツ)のこと。
フランス革命時にこれが貴族の象徴とされ、キュロットを着用しない平民は「サン・キュロット」(キュロットをはかない人)と呼ばれた。
フランス人権宣言
*「あれ?上の三角形にある目、アメリカの1ドル札で見たゾ」と思った人は、プロビデンスの目を参照のこと。
フランス人権宣言から約130年後、1919年に第一次世界大戦の講和会議の場で、日本が人類の歴史で初となる重要な提案をおこなった。
それが「人種的差別撤廃提案」で、これは高校日本史でならう出来事だから常識としておぼえておこう。
人種差別禁止(撤廃)案
人種平等案ともいう。パリ講和会議で日本が提出。背景にアメリカ・オーストラリア・カナダでの日本移民排斥があった。英・米の反対で不採択になるが、支持する国も多かった。
「日本史用語集 (山川出版)」
当時、五大国と呼ばれた国の中で白人以外の国は日本だけ。(あとはアメリカ・イギリス・フランス・イタリア)
この中で人種の平等や差別の禁止を訴えるのは、全米黒人地位向上協会などからは歓迎されたけど、白人社会にケンカを売るも同然の行為で、日本の提案は共感を得られず却下される。
でも日本は正しいことをした。
きょねん国会で演説をおこなった安倍首相もそのことに触れている。
日本が掲げた大いなる理想は、世紀を超えて、今、国際人権規約をはじめ国際社会の基本原則となっています。
このときネットでは、「マジか!初めて知った」と言う人が多くて驚いた。
江戸時代の混浴禁止令よりは有名と思うけど。
とはいえ、このとき日本は台湾や朝鮮半島を統治していたから、この人種的差別撤廃提案は完璧なものとは言えず、時代の制約を受けていたのは事実。
限界があるのはフランス人権宣言と同じで、現代の価値観を過去に当てはめて見たら闇はいくらでも見つかる。
19世紀の人間が21世紀の常識にしたがって行動できるわけない。
このとき日本がおこなった提案には、外国人も認める普遍的な価値があった。
人権宣言を誇りにするフランス人に、ヨーロッパに住んでいた作家のデュランれい子氏がこう言う。
何かあるたびにフランス人は、「自分たちはフランス革命で自由・平等を勝ち取った」という話をします。そんなときに私が、「日本だって第一次世界大戦の後に、人種差別撤廃条約の提案をしたのよ」と言うと、若い学生たちは皆一様に驚きます。
「意外に日本人だけ知らない日本史 (講談社+α新書)」
フランス人がフランス人権宣言を知っているのは当然として、日本が国際会議の場で人種差別撤廃条約の提案をしたことを知らない日本人は本当に多い。
「歴史を忘れた民族に未来はない」という言葉もあるそうだから、100年ほど前に日本が世界で初めてしたことは知っておいたほうがいい。
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>「あれ?あの目、アメリカの1ドル札で見たゾ」と思った人は、
画像が小さくて分かりづらいです。せめて「あの三角形の中の目」と表現してほしかったです。
>このときキリスト教は徹底的に弾圧され、
弾圧されたのはキリスト教ではなくて、正確には「キリスト教会(を中心としたローマ・カソリックの組織)」ですね。キリスト教という宗教そのものは、別にフランスから排斥されたのではなかったはず。
その証拠の一つは、上にも書いてある通り「フランス人権宣言」を表した絵画の中に、「プロビデンスの目」すなわち全知全能を有する神の象徴として全てを見通す目が、三位一体(トリニティー)を表す三角形のマークとともに描いてあることです。
「トリニティー」で思い出したけど・・・。「マトリックス」かっこいい映画だったなぁ。
最近の「ジョン・ウィック」なんかよりも全然よかった。
「コンスタンティン」の続編まだかなぁ。
そうですね。
たしかにあの目は小さくて分かりづらかったので、文を修正しておきました。
ご指摘ありがとうございます。
はじめわたしもカトリックだけかと思ったのですが、プロテスタントの施設や聖職者は保護したなど、民衆がカトリックとプロテスタントを分けて考えていたという事例が見つかりませんでした。
もしこのことで何かご存じでしたら教えてください。
プロビデンスの目は神をイメージしたもので、キリスト教の象徴ではありません。神と宗教は別ものです。