古代エジプト人にとっては、神や王の権威のシンボルだったオベリスク。
見る者を圧倒するこの巨大な塔は、のちにエジプトへやって来た欧米諸国に奪われてしまい、現在のエジプトにはもうあまり残っていない。
エジプトのカルナック神殿に立つオベリスク。
フランスに略奪されたもうひとつのオベリスクは、いまパリのコンコルド広場にある。
そんなことを前回書いたわけですよ。
今回はこのつづきで、このときオマケとして書いた内容が思いのほか増えてしまったから、独立させてひとつの記事にすることにしました。
話は20年以上前、エジプトを旅行していたときにさかのぼる。
エジプト人はフレンドリーでおしゃべり好きだから、宿やお土産屋でコーヒーをごちそうしてくれて、よく世間話やグチを話していた。
そのとき印象に残ったのは、植民地時代やその前にエジプトへやって来た欧米諸国に、ご先祖の貴重な文化財を奪われたことをいまも恨みに思っている人が何人もいたこと。
日本人はこの件にまったく関わりのない第三者だから、グチをこぼしやすい外国人だったかもしれない。
でも「略奪品」というのは主にエジプト人の見方であって、いまでは欧米のそれぞれの国の文化財や宝になっているから、いまさら故郷へ戻るというのはむずかしい。
そもそも欧米が植民地時代に奪ったものなんてあり過ぎて、この要求に応じたらきっととんでもない騒ぎになる。
それに欧米には、むしろ人類に対して正しいことをしているという主張もあるのだ。
ルーヴル美術館やメトロポリタン美術館などが団結して「過去の行為は現在と異なる価値観と文脈で判断すべき」「特定の国家ではなく、普遍的にあらゆる人々へ奉仕する義務」を強調する声明であった。
でも海外の博物館から「所蔵品のレンタル」という形で、古代エジプト人の宝がエジプトに一時的に帰ってくるはあるらしい。
これはこれでなかなかの屈辱。
以下、エジプトが返還を求めるものの、欧米から「NO!」と言われている品々。
ハトシェプストの胸像(アメリカ)
ネフェルティティの胸像(ドイツ)
ロゼッタ・ストーン(イギリス)
さて話は変わって、数年前に韓国人の女の子と一緒に鎌倉の大仏を見に行ったときのこと。
「韓国ではよく山の中にお寺があります」と無邪気に話す彼女に、「それって朝鮮王朝時代に仏教を弾圧した結果だよね?」というツッコミを心の中で入れつつ、大仏の裏に行くとこんな建物を発見。
「日本の建物とはどこか違うな~」と思って案内を見ると、これは韓国の王宮・景福宮にあった建物と書いてある。
「これ韓国の建物だって」と無邪気に言うと、韓国人の顔から一瞬で笑みが消えて「なんで韓国の建物がここにあるんですか?」と静かに聞く。
その声のトーンで地雷を踏んだことに気づいたけど、もう見なかったことにするのは不可能。
結果的にいうとこの建物「観月堂」は正当な手続きで朝鮮半島から日本に運ばれ来たもので、まったく問題はない。
でもこのときいた韓国人はこれを植民地時代に日本が奪った韓国のもの、韓国で言う「略奪文化財」と考えていた。
この気持ちはきっと先ほどのエジプト人と同じ。
韓国も日本に対して文化財の返還要求をしていて、いまもこれは終わっていない。
日本は「完全かつ最終的に解決済み」としていて、正式な手続きによって日本へ渡ってきた文化財については返還義務はないという立場をとっていた。
でも、あちらがそれで納得するわけがない。
韓国は日本にある文物を「返還」するよう何度も要求していて、特に朝鮮時代の婚礼、葬儀、祭事などを文と絵で記録した「朝鮮王室儀軌」(ちょうせんおうしつぎき)を戻すよう強く日本に訴えていた。
その期待に応えたのが2010年の民主党政権で、朝鮮王室儀軌を韓国に渡すことを決定。
これについて菅直人首相は、「『朝鮮王朝儀軌』等の朝鮮半島由来の貴重な図書について、韓国の人々の期待に応えて近くこれらをお渡ししたいと思います」と言う。
また松本剛明外務大臣は「(日韓)両国の国民の気持ち、感情が一層良くなる」と述べ、仙谷由人内閣官房副長官は「日韓関係を本当の意味で未来志向で豊かなものにしていく」ものだと談話で主張した。
韓国にも日本由来の文化財はあるのだけど、民主党政権は韓国に引渡しを求めないことにした。
こんな日韓友好のツケを払っていたのが安倍政権。
ちなみに朝鮮王朝儀軌の一部はフランスにもあるけど、フランスは韓国の返還要求を拒否している。
で、日本が韓国の期待に応えた結果がこれだ。
韓国側は新たに京都、奈良、九州、東京の4国立博物館が所蔵する朝鮮半島由来の文化財4422点などの返還も求めている
朝鮮王朝儀軌の返還が「成功体験」となったことで、新たな返還要求が噴出。
でも民主党政権を支持しなかった人の多くには、この不幸な未来は見えていた。
「両国の国民の気持ち、感情が一層良くなる」「日韓関係を本当の意味で未来志向で豊かなものにしていく」とかいうのは、いまから思えばみごとな死亡フラグで現実はむしろ逆方向へ進んだ。
日本は韓国にゆずらず、「解決済み」という立場を守っていればよかったのだ。
もしくは、「過去の行為は現在と異なる価値観と文脈で判断すべき」と強調してNOと言うべきだった。
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エジプトもイスラム教国ですから、「エジプトではイスラム教の偶像破壊思想を捨てる」と宣言しない限り、略奪文化財を返そうとしない欧米諸国の考え方も、まあ、分からんでもないですね。
1つ譲れば10は要求してくる