日本の天皇とイギリス・タイ国王との違い:歴史や国民の反応

 

東と西の島国には「君主」という共通点があるからか、真ん中のような検索キーワードでこのブログへいらっしゃる方がよくいる。

 

 

またタイにも国王がいるから、天皇との関係や違いに関心のある人も多いらしい。

 

 

今週の8日に、秋篠宮さまが皇位継承順位1位の皇嗣(こうし)であることを示す「立皇嗣の礼」が行われたことだし、今回は日本の天皇とイギリス・タイの国王との違いや共通点について書いていきますよ。

 

2020年11月8日に皇居で行われた立皇嗣の礼

 

では、日本の天皇(皇室)とイギリスとタイの国王(王室)の違いってなんだろう?

いま地球上で「エンペラー」と呼ばれる存在は天皇だけで、各国の王は「キング」と呼ばれている。
そんな呼称をはじめいろんな違いはあるけれど、まずは1885年(明治18年)に日本を訪れたアメリカ人の意見に耳を傾けてみよう。

アメリカ人女性のシドモアは日本とヨーロッパを比べてこう書いた。

欧州の君主や権勢を誇る王族は、日本の統治者・天皇に比較すると成り上がり者にすぎません。皇室は紀元前六六〇年に初代神武天皇が即位して以来とぎれることなき系統を保っています。後代へ下って、現在の天帝の子孫、睦仁(明治天皇)は歴代系図から一二二代目となります

「シドモア日本紀行 (講談社学術文庫)」

 

「成り上がり者にすぎません」というアメリカ人の表現はスルーして、ここでは「系統」という点を取り上げたい。

歴史をひもとくと現在のイギリス王室「ウィンザー朝」は、1714年に始まったハノーヴァー朝が1901年にサックス=ゴーバーグ=ゴータ朝になり、1917年にウインザーに改称されていまにいたる。

現在の日本の皇室がいつから始まるかについては諸説あるのだけど、シドモアの言う「歴代系図から一二二代目」というのは伝説上の初代天皇・神武天皇から数えてのこと。
歴史的にみると日本経済新聞の「イチから分かる天皇の歴史 古代~現代まで」に、「2世紀ごろまでは神話の域を出ない」とあるから天皇家は3世紀ごろから始まったことになる。
呼称は大王(おおきみ)を経て、7世紀の天武天皇から「天皇」となったという説が有力だ。

タイ王室をみてみると、現在のチャクリー王朝は1782年のラーマ1世から始まった。
*王宮のあるラッタナーコーシン島にちなみ、ラッタナーコーシン王朝ともいわれる。

ということで現在のイギリス王室の歴史は約300年、タイ王室は240年、皇室は1700年だから「系統」でみると日本が飛び向けて長いことがわかる。
神話の時代からつづく王朝があるのは世界で日本だけ。

 

チャクリー朝の開祖ラーマ1世(1782年 – 1809年)

 

1714年にハノーヴァー朝を始めたジョージ1世には、「ゲオルグ」というドイツ人名がある。
彼はドイツで生まれ育った人間だから、ドイツ語ならペラペラだったけど、英語なんてわけわからん状態でイギリス文化も知らなかった。
このへんがヨーロッパ大陸の君主らしいところで、日本やタイで母国語の違う君主は存在しない。

イギリスの言葉が分からなかったジョージ1世は、政治を貴族に丸投げしていたから、それが結果的にイギリスの責任内閣制を発達させることとなる。
国王はいるけれど政治に関与していないことから、「君臨すれども統治せず」という言葉が生まれた。

タイのチャクリー朝にこんな王はいなかったようだけど、日本の天皇は長いあいだそんな状態だった。
「建武の新政」のような例外を除けば、政治は武士(幕府)が担当していたから、天皇は鎌倉時代から明治になるまで「君臨すれども統治せず」という感じ。

江戸時代には「禁中並公家諸法度」(禁中とは御所や皇居のこと)という幕府が定めた法律によって、「天皇のするべきことは、まずは学問を修めること」というように天皇の行動はがんじがらめにされていて、政治に関わることが許されなかった。

ただ本来ならこれはおかしい。
将軍という家来が主の天皇に「あなたはこうしていなさい」と言い渡すことは、本当は矛盾しているけど、朝廷と幕府が同時に存在する「朝幕併存」という世界に例のない政治体制ではこれが常識として数百年もつづいた。
だから幕末に日本へ来た欧米人は、日本のトップは将軍なのか天皇なのか分からなくなる。

日本と英・タイの王室の歴史的な違いはこのへんにしといて、次は君主に対する現在の国民の見方を紹介しよう。

 

「英語ってなに?」の、ハノーヴァー朝の開祖ジョージ1世(1660年 – 1727年)

 

前に知人のイギリス人が「これ面白い!」とこんな投稿をシェアしていた。

「the new pokémon game has a UK-themed region」ということで、イギリスにある有名な物や人をモデルにポケモン怪獣を描いている。

 

 

ビッグベンや2階建てバスはいいとして、エリザベス女王をゴジラのような怪獣にして「ニドリザベス(?)」という名前を付けている。
この投稿に寄せられたコメントを見ると、「elloelloelloが一番好き」「なんでフィッシュ&チップスを入れなかった?」「ニドリザベスはかわいくない」といったものばかりで、ボクが見た範囲では女王をジョークのネタにすることを問題視する人は誰もいない。

天皇陛下で新しいポケモン怪獣を作ってネットにアップして、それをみんなで批評するというのは日本じゃ考えられない。

ではタイ人がこれを見たらどう思うか?

バンコクの大学を卒業して、いまは日本の大学に通っているタイ人の留学生にこの投稿を見せて意見を求めたところ(プミポン前国王がいたころ)、首を横に振ってこう言う。

「タイでこれは絶対にダメ。国王をいじって怪獣にしたら、不敬罪(国王を侮辱した罪)で捕まって刑務所に入れられる。これに『いいね』を押した人も捕まるかも」

日本人の一般的な反応はきっとイギリス人とタイ人の中間で、こういうジョークは笑えないけど、違法行為として警察に逮捕されるほどのことでもない。

 

タイではこんな感じに、イオンや主要道路など街のいろんな所で国王の写真がある。

 

 

先ほどのタイ人は大学時代、イギリス人やアメリカ人から「そこら中に国王の写真があって、なんか国民が洗脳されてるみたい」と言われて腹が立ったという。

「わたしたち国民にとって、王は頼りになる父親のような存在。だから写真を見ると安心感をおぼえる。でも欧米人にその気持ちは理解できないだろうから、そのときは黙ってた」

ということなので、タイ人に国王の話すときはこんな気持ちに配慮したほうがよさそうだ。
ポケモン怪獣といい街中の写真といい、日本国民の天皇に対する見方はやっぱりイギリスとタイのあいだにあるだろう。

 

では最後に、日本の天皇とイギリスとタイの国王の”共通点”を挙げてこの記事を終えるとしよう。
それぞれの国の君主は世襲だから、皇太子には現在の世界では常識の「職業選択の自由」という基本的な人権が保障されていない。

平成時代の天皇(いまは上皇さま)が皇太子だったころにこんなエピソードがある。

皇太子の中等科の頃の社会科に「天皇」の項目があって、その授業の時に、学友の背中をトントンと叩いたというんです。
ひょっと振り向いたら、紙切れを渡されて「世襲とは辛いものだね」と書いてあった。
自分はもう好むと好まざるとに関わらず、天皇にならなくちゃいけないという冷厳な宿命を感じたんでしょうね・・・。

生テレビ・熱論 天皇 (テレビ朝日出版部)」

 

これは想像だけど、タイやイギリスで次の国王を運命づけられた人も、「世襲とは辛いものだね」と友人にもらしたことがあるのでは?

 

 

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2 件のコメント

  • 日本の皇室は、他のどの国よりも長い歴史を有しているとは言っても、実際に国の「権力」を握っていたのは奈良時代までくらいと、建武の新政の一時期、さらには戦前の明治・大正・昭和期くらいの話です。決して、欧米のような「絶対王政」の時代を経験してきた訳じゃない。
    皇室関係者はそのことをよくわかっていて、天皇(あるいは皇室)が本当に「政治権力」を握ってしまうことの危うさを、充分に認識しているのでしょう。それも歴史から学んだ「智恵」の一種であると思います。

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    今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。