変わる歴史教科書:昭和世代が知るべき日本の「新常識」

 

これからの時代を快適に生きていくには、アプリだけじゃなくて常識もアップデートしないといけない。
日本で「時代」というのは年号で表現されることが一般的で、昭和と令和では大きく変わった常識や標準がある。
その全国的な傾向を知るには、教科書の内容の変化を知ることがいい。

ということで週刊朝日のこの記事ですよ。(2021年2月5日号)

昭和・平成・令和と三つも元号が変われば、世の「常識」もガラリと変わり、気づけば浦島太郎状態に──。なかでも教育現場は、そんな「新常識」のオンパレードだ。

消えた「はだ色」、聖徳太子の名称変更 小学校の「新常識」〈週刊朝日〉

 

ここでは特に、昭和と令和の教科書の変化について書いていこう

〇安全がより重視

学校では子供たちにケガや事故をさせてはいけない!という考え方はもちろん昭和の時代にもあったのだが、いまではそれがより強化された。
運動会の組み体操で、ピラミッドやタワーをやめる学校が増えているのはそのため。
理科の実験でもアルコールランプのかわりに、カセットコンロを使う学校が多くなった。現代の子どもなら音楽や映画をダウンロードして視聴することは誰でもできるけど、マッチで火をつけるのは難しい。
そういえば知人の小学校教師が、和式トイレの使い方が分からない新一年生が増えたと嘆いていた。

降る雪や 昭和は遠くに なりにけり。

 

 

〇歴史教科書の変化

歴史では新資料の発見や価値観の変化などによって、教科書の記述も昭和と大きく変わった。
その世代の人間がいまさらピラミッドをしたり、アルコールランプを使うことないが、新しい世代の日本人と歴史の話をすることならある。
ということでこの方面を掘り下げてみていこう。

・聖徳太子

まず聖徳太子はいまの歴史教科書では「厩戸王(うまやとおう)」となっている。

国内では十七条憲法を制定し、外交では超大国・中国(隋)に「皇帝・天皇」という“対等外交”を展開したのが「聖徳太子」。でも、その名前は死んでから与えられたもの。
彼が生きていたころの名前は「厩戸王」で、いまでも小中学校の教科書にはそう書かれている。
でも最近の高校の歴史教科書では「厩戸王」が多く、その内容も彼は補佐役で、政治の主役は推古天皇とする記述が一般的になっているという。

 

・士農工商

江戸時代の身分制度として、昭和の常識だった「士農工商」も教科書から消えた。
以前は武士を頂点に、百姓>職人>商人といった固定した身分が存在したと考えられていたけれど、最近の研究からその認識は間違いで、実際には武士は支配階級として存在したものの、百姓・職人・町人のあいだで身分の上下はほとんどなかったことが判明。
養子縁組で町人が武士になるもあり、この“身分の壁”はけっこうゆるかったのだ。
それでいまの歴史教科書では、江戸時代の社会構造は「武士>百姓≒職人≒商人」となっている。

 

・鎖国

「鎖国」のことばは消えていないけど、そうなりつつある。
この用語はドイツ人医師ケンペルの「日本国において自国人の出国、外国人の入国を禁じ、又此国の世界諸国との交通を禁止するにきわめて当然なる理」という論文を、1800年ごろに日本人が「鎖国」と訳したもの。
つまり、もともとは外国語。

江戸時代にはオランダや中国とも貿易をしていて外国との付き合いがあったから、日本は列島に閉じこもっていたわけでない。
でも、「鎖国」ということばはそんな誤解を生みやすい。
「closed country」という英語を見て江戸時代の日本を、世界と隔絶した孤島と思っていた外国人もまわりにいた。
そんなことから文部省は「鎖国」の用語をなくそうとしたものの、「そうしたら「開国」の用語はどうするのか?」などの反対が強くて、「鎖国などの幕府の対外政策」というぼかした記述になっている。

このほかにも「江戸の三大改革」をおこなった徳川吉宗、松平定信、水野忠邦は小学校の教科書から消えた。
いまの歴史教科書の重点は政治史から、文化史や外交史にうつっているという。

 

さて、これに(たぶん)昭和世代の日本人の反応は?

・ブルマってあったよな
・稲作は弥生時代に伝わったって習ったし挿し絵もそれっぽいの書いてあったが
・100年くらい未来の教科書では
民主党政権とか安倍政権についてどのように書かれるんだろうな?
・そういえば土曜日も学校あった
・昭和は地上波でおっぱいぐらい普通に見れてた
・厩戸王に変わっても聖徳太子を使い続けるよ
・今は「上級国民下級国民」だから、江戸時代と何も変わっていないという事だな。

 

「老化」の第一歩は変化を面倒くさがること。
思い出はいつも美しいせいか、むかし自分が習ったことを否定できずに「いまのオレが正しい!」と思い込んでいて、知識のアップデートが難しい人もいる。
そうなると待っているのは、「あの老害」という陰口だ。
やっぱり変化は受け入れて、常識や情報のアップデートは定期的に行わないといけない。

 

 

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1 個のコメント

  • > そうなると待っているのは、「あの老害」という陰口だ。
    > やっぱり変化は受け入れて、常識や情報のアップデートは定期的に行わないといけない。

    ふーん、そういう考え方もあるのでしょうが。
    別に他人や世の中に迷惑かけているのでなければ、昔の考え方のままでも構わないんじゃないですか? 陰口叩かれようが、どう見られようが、その方が価値があると自分が考えるなら、それで納得していればいいことです。

    この記事に出ている「歴史における常識の変化」だって、どう考えても、新たな学説の方が不適切な考え方だと思われる点がいくつかありましたよ。小学生や中学生に向けた教科書に乗せるのであれば、歴史学者も、もうちょっと真面目に研究してほしいですね。自分の業績を目立たせたいあまりに、無理な新説を打ち出すのではなく。

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    今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。