馬鹿なの?死ぬの?江戸幕府が武士にフグ食を禁止したワケ

 

きのう4月19日は「乗馬許可の日」だった。
江戸時代には馬に乗ることができたのはの武士だけで、商人や農民などの平民には許されていなかった。
この傾向は武士の世の中となる鎌倉時代からつづいていたようだ。

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でも江戸幕府が崩壊して、武士の身分もなくなった。
それで1871(明治4)年の4月19日、国民なら誰でも馬に乗ることが認められ、エアアジアの「Now Everyone Can Fly(誰でも飛行機に乗って移動できる)」みたいな時代となる。
といっても、庶民が乗馬をする機会はほとんどなかったらしい。

江戸時代の“身分カースト”で武士は庶民の上に立っていたから、乗馬や帯刀といった特権が与えられていて平民との違いをハッキリさせていた。
「名誉」というものを何よりも大事にする武士としては、この差別待遇が誇らしく気持ちよかったはずだ。
でもそのために江戸時代、庶民には許された最高の楽しみが武士には禁止された。

 

武士が名誉を重んじていたことは、当時の日本を訪れた外国人がよく記録している。
日本人にキリスト教を教えてやるぜー、とやって来たフランシスコ・ザビエルは手紙にこう書く。

武士たちがいかに貧しくても、[そして]武士以外の人びとがどれほど裕福であっても、たいへん貧しい武士は金持ちと同じように尊敬されていますし、たいへん貧しい武士は、どんなに大きな富を与えられても、武士以外の階級の者とは結婚しません。低い階級の者と結婚すれば、自分の名誉を失うと考えているからです。
すなわち、名誉は富よりもずっと大切なものとされているのです。

上智大学の原点 フランシスコ・ザビエルの志 

 

名誉を大切にする価値観は日本全体にあったらしい。
日本人は「侮辱されたり、軽蔑の言葉を受けて黙って我慢している人々ではありません」とザビエルは言う。

 

 

さてこの魚はフグという。

 

 

日本代表する美食家の北大路魯山人(明治16年 – 昭和34年)は著書『河豚食わぬ非常識』でフグをこう絶賛。

「われわれが冬季常食する天下唯一の美味、摩訶不思議の絶味であるふぐの料理」
「ふぐのうまさというものは実際絶対的のものだ。ふぐの代用になる美食はわたしの知るかぎりこの世の中にはない。」

この美食が人の命を奪う猛毒を持っていることは今も昔も変わらない。

その事情は中国でも同じ。
2000年以上まえ、秦の時代の古典『山海経(せんがいきょう)』にはフグを食べると命を落とすという記述がある。
理由は知らんが、山海経ではなぜかフグに『鮭』という漢字をあてている。
この漢字の誤記は現代の日本では命取りだ。

 

いま海外でフグは日本料理のひとつとして有名で、英語版ウィキペディアには「Fugu」と日本語で項目が立てられている。
そしてそこにはこんな説明が。

The Tokugawa shogunate (1603–1868) prohibited the consumption of fugu in Edo and its area of influence.

Fugu

 

徳川幕府(1603-1868)は江戸とその勢力圏でふぐを食べることを禁止していた。
このことをご存じだっただろうか。
といってもこれには補足説明が必要だ。

この禁令は「主家に捧げなければならない命を、己の食い意地で落とした輩」ということで、武士(武家)に出されたもので庶民は対象外。
主君のために戦って死ぬのなら、それは武士の名誉だからとっても素晴らしい。
そんな価値観からすると、フグを食ってその毒で死ぬことは武士としてはあってはならないこと。
武士がそんな不名誉な死に方をした場合、家名断絶などの厳罰が与えられることもあったという

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フグ・食用に関する日本の歴史

 

武士への「フグ禁止令」は豊臣秀吉による朝鮮出兵のときに出された。
朝鮮半島へ行くため、全国の武士はまずは九州を目指す。
でも途中の山口のあたりでフグを食べて中毒死する武士が続出したため、怒った秀吉は「河豚食禁止の令」を出したという。
当時の武士の多くはフグに毒があることを知らずに、「なにこれうっめー!」と食べてそのままこの世を去ったらしい。
*朝鮮半島で敵兵に殺されるよりはこのほうがいいかも。

 

江戸幕府もこの禁止令を引き継いだことで、「摩訶不思議の絶味」「天下唯一の美味」のフグを武士は食べることができなかった。
庶民は乗馬や帯刀が禁止された代わり、このグルメを味わうことができた。世の中うまくできている。
とにかくこうして日本のフグ食文化は発展していった。

国民の誰もが自由にフグを食べられるようになったのは、明治時代になってから。
伊藤博文が下関でフグを食べてその味に感動し、山口限定でフグ食を解禁したことから始まって、その後全国へ広がっていった。

 

浮世絵に描かれたフグ

 

これはフグを愛する馬鹿者について詠んだ松尾芭蕉の句

「河豚汁や 鯛もあるのに 無分別」

タイというおいしい魚があるのに、危険なフグを食べるとは無分別なことよ。といった意味らしい。
でもおいしいじゃん。

 

 

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1 個のコメント

  • 河豚の「旨み」は白身魚の旨味なんですが、これ、ほぼ日本人だけが感じ取れる味覚であるということをご存知ですか? 肉食が中心の欧米人は、魚(刺し身)の旨さと言っても、彼らが味わうことができるのはマグロのような赤みの魚の「脂の旨味」だけであり、河豚のような白身魚は「味が感じられない」のだそうですよ。
    だけどこのブログ記事によれば、もしかすると、中国人も河豚の味が分かるのかもしれないですね。でも、河豚って中華料理ではあまり聞かないような気が・・・。

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    今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。