【職場の雰囲気】日本なら説教、カジュアル平等な米国社会

 

「最近の若者は…」という言葉は、5000年前のエジプトの粘土板に刻まれていたという話がある。

それがホントかどうかは置いといて、ジェネレーションギャップとそれからくる年長者の怒りは、いつの時代のどこの世界でもあるものだ。
もうすぐ4月になって新入社員が入ってくるということで、あるネット記事が、管理職から見た若手社員の「理解できない行動」について書いていた。
そこで紹介されていた上司の「ムカッと事例」は若手社員の言葉づかい。
「そんなもん、奈良時代にもあったんじゃねえの?」というツッコミは胸に秘めて、具体的にどんな言葉か見てみると、部長や課長クラスの上司に20代の社員が、

「~っすか?」
「~っすよね~」
「ありがとうございます、助かります」
「了解です!」

なんて平気で言うと、管理職としてはイラっとするらしい。
他にも新入社員が資料を見せながら「ダブルチェックお願いします」とか言うと、部長の自分としては「そんなもんは先輩や同僚としろよ…」と思ってしまうとか。

でもこんな上司の思いに、ネット民の反応はかなり冷たい。

・今の上司に人格者がいないから丁度いいんじゃない?
・いつまでいるかわからん会社だから
てきとーなんじゃねーの
・要するに自分が重く見られていないことに対して不満なだけだろ

管理職と若手社員のジェネレーションギャップは、あるのが普通で、なかったらその管理職は時代の先端をいっているか、若手がすでに老化している。
無知で無邪気な新人から「お疲れ様です!」と言われて、ビミョウな気持ちになる上司はいくらでもいると思う。
ネタかもしれないけど、「了解です!」どころか、新入社員から「ラジャりました!」と笑顔で言われて絶句したという課長もいたから、5000年前の粘土板に現代日本人が親近感を感じるワケだ。
価値観や考え方、マナーの違いなら世代間だけはなくて、文化との違いからも生まれる。
いわゆるカルチャーショックってやつ。
日本とアメリカ社会では、礼儀についてはかなりの違いがある。

 

 

自分と相手の立場や地位の違いを言葉で表すことは、どこの国の社会にもある当たり前のことで、これがなかったら組織は機能しなくなる。
「~っすか?」や「~っすよね~」ならまだいい。
新入社員が上司に向かって「これ、~だろ?」、「だよな~」と言うような職場だと、日本人はシゴトどころじゃなくなる。

もちろん欧米社会にも相手に敬意を示す表現や話し方はあるけど、日本のような儒教文化圏にある国ほど言葉づかいは厳しくない。
英語の一人称は「I」だけなのに、日本では相手によって変わるから「ぼく、わたし、オレ、自分、わたくし…」と山盛りある。
「おいら、わて、ちん」まで含めると、もう日本人でも誰がしるかと。
言葉づかいで上下関係を明確にするのは、儒教の影響が強い韓国でも同じだから、韓国語にも一人称は複数ある。
だから日本の天皇の呼び方で悩んでしまう。

【儒教的な上下関係】天皇か日王か? で苦悩する韓国人

 

こうした文化や価値観の反対側のあるのがアメリカ社会だ。
知人のアメリカ人女性に職場での上司の呼び方について聞いてみると、あちらはあまりにもカジュアル(気軽)でビックリ。

研究室で働いていた23歳の彼女には、50歳近くになるマーティン・ムーアという上司がいた。
会社でいえば部長クラスのマーティンさんを、彼女や同僚・先輩は「マーティー」とニックネームで呼んでいたという。語尾をのばした方が「マーティン」よりも言いやすいから。

いやいやコレは、日本だったら軽く大事件でしょ。
新入社員が30歳近くも上の、例えば岸田文雄部長を「キッシー」と呼ぶのは日本の職場では絶対に許されない。
しかもこの場合は姓じゃなくてファーストネームだから、「フミ」と呼びかけるようなもの。
韓国の会社でもこれはダメだろう。

もちろん当の本人は、マーティーはその呼び方をまったく失礼とは思っていなかった。
それどころか、もし自分が彼を「ミスター・マーティン」と呼んだら、辞表を出されるかと思って身構えるだろうというと彼女は言う。
会議の場でもみんな彼を「マーティー」呼ばわりにして、外部の人もいるフォーマルな会議だと「ドクター・ムーア」とかしこまった言い方をする。
*医者ではなくても博士号を持っている人は、アメリカではよく「doctor~」と呼ばれるらしい。

もちろんアメリカでも、会社や職種によって雰囲気や上司の呼び方は違うけど、「ハイ、マーティー」ぐらいなら常識のストライクゾーンにあって聞いて驚く人はいないとか。
ただアメリカには移民が多いから、韓国系だけで構成されている会社だったら、職場で20、30も年上の上司を呼び捨てにするのはたぶん無理。

友好を表す「握手」は、古くは古代メソポタミアの石板に刻まれている。
でも、現在のような一般的なあいさつになったのは、地位に関係なく、誰でも平等に接しようとしていたアメリカのクエーカー教徒の影響が大きいという。
頭を下げたり帽子を脱ぐことより、こっちのほうが民主的だと。
アメリカ社会には昔から、カジュアルでフレンドリーな雰囲気がある。
別のアメリカ人から、会社の駐車場は早い者勝ちだから、職場に近いイイ場所をめぐって上司の車と競争することがあると聞いた。部下がドヤ顔を見せて、上司が「ヤラレタ~」と遠いところに車を止めるというのは日本の会社ならまずない。

 

日本だと、相手の名前を呼ぶのもはばかられる雰囲気があるから、職場では「岸田部長」ではなくて「部長」、「課長」と呼ぶことが多い。そんな話をすると、「名前ではなくて役職だけで呼ぶのはチョット失礼な感じ」とアメリカ人が言う。
こんな社会にある会社なら、新人が上司に「~っすよね~」でも「助かります」でも、「ラジャりました!」と言っても許されるのでは。
アメリカ人の感覚だと、「ありがとうございます、助かります」という言葉づかいの何が問題なのかわからないと思う。

 

 

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4 件のコメント

  • うーん、ブログ主さんは自分自身が日本人であることから、日本人の代表的な考え方を述べているつもりなのかもしれないですが・・・。
    私の目から見ると、日本人の言葉遣いに関してここで言われていることのうち、凡そ半分近くが「現代サラリーマン社会の実態とは少々違う」と感じざるを得ません。10年前だったら、ほとんどの指摘が当たっていたでしょうけど、今はそうでもないです。

  • 大統領や国王陛下に対してもサンキューで済む文化圏の人間には一生理解できないでしょうね。
    そ「最近の若者は…」はすでに明治の頃からあるし。

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    今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。