【死の文化】日本初の火葬は700年・遺体を火で燃やす理由

 

4月3日は700年に、仏教僧の道昭(どうしょう)が日本で初めて火葬された日。
弥生時代の遺跡から火葬されたっぽい人骨が発見されてるから、道昭より前に火葬された人が日本にいた可能性はあるが、文字で記録されている(続日本紀)ものとしてはこれが日本初だ。
『続日本紀』には「天下の火葬これよりして始まる」という記述があって、天皇としては703年に初めて持統天皇が火葬されたと記録されている。
火葬は仏教と一緒に日本へもたらされて、一般的な風習になっていった。
火葬することを「荼毘(だび)に付す」という。
この荼毘とは「燃やす」という意味のインドの古い言葉、パーリ語の「jhāpeti」に由来する。

ちなみに道昭は遣唐使の1人として、中国へ渡って仏教を学んでいた。
中国では、インドを旅して貴重な仏典を持ち帰った「三蔵法師」の玄奘に可愛がられていたという。
日本の歴史では道昭よりも、彼の弟子とされる行基の方が知られている。
聖武天皇から奈良の大仏造立の責任者を任せられて、みごと完成させた後、行基は聖武天皇と同じ東大寺の「四聖」の一人になっている。

 

江戸時代の火葬の様子

 

人間と動物の大きな違い、越えられない壁の一つに「文化の有無」がある。
そのことについて、イギリスの人類学者エドワード・バーネット・タイラーはこう言った。

「広く民族学で使われる文化、あるいは文明の定義とは、知識、信仰、芸術、道徳、法律、慣行、その他、人が社会の成員として獲得した能力や習慣を含むところの複合された総体のことである。」

むかし読んだ本で、人類の文化の始まりは死者の埋葬であるといったことが書いてあって、「なるほどな」と納得したもんだ。
たとえば、亡くなった人の魂を弔うために、きれいな花を供えることは現代でもあって、数千前の人骨の周辺からも花粉の痕跡が発見されている。

いまの日本では火葬が一般的で、その“第一号”は白鳳時代の仏教僧・道昭であることはさっき書いたとおり。
仏教の母国インドではヒンドゥー教でも火葬がフツウで、土葬するヒンドゥー教徒のグループもいるという話を聞いたことがあるんだが、まあこれは超例外だろう。
で、なんで遺体を火で焼くのか?
カーストは最上位のバラモンで、ヒンドゥー教に詳しいと自慢するインド人にその理由を聞いたことがあるんで、彼の見解を紹介しよう。

彼の説明によると、自然を構成する五つの要素(たしか水・大地・空気・火・風)の中で、火だけは汚れることがなく、いつも神聖な状態で存在している。
他の要素の大気、水質、土壌は汚染されることがあるけれど、どんな人もモノも火を汚すことはできないし、火はけっして穢れることがない。
ということで、五要素のなかで最もキレイで神聖なものが火。
その火で焼くということには遺体を浄化するという意味があり、さらに立ち昇る煙は死者の魂を天へと運んでくれる。
これが輪廻と結びついてインドでは古代から、こういうサヨナラの仕方が文化になっているという。

キリスト教やイスラム教ではヒトは死んだ後、いつか復活することになっていて、その際には遺体が必要になるから土に埋めないといけないという。
死者を弔う気持ちは人類共通で、花をそえる文化は世界中にある。
でも具体的な埋葬のやり方は、宗教や風習によってそれぞれ違う。

 

 

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今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。