日米の野球・スポーツ観の違い:ガッツポーズと武士道

 

きょう4月11日は「ガッツポーズの日」、ってこんな記念日があるんだ。
1974年のこの日、東京で行われたボクシングの試合でガッツ石松さんが勝利して、WBC世界ライト級のチャンピオンを手に入れたとき、リング上で「ガッツポーズ」をして全身で喜びをあらわした。
これがスポーツ新聞に取り上げられ、日本で広く知られるようになったからこの記念日がつくられたと。
ただガッツポーズという言葉はその前からあったから、この試合で「ガッツポーズ」が生まれたワケではない。

このポーズの反対にあるのが、日本の武道で大切にされている「礼に始まり礼に終わる」の精神だ。
たとえば剣道の試合で、相手に勝ったあとガッツポーズをしたら一本が取り消されたことがあったし、2009年には大相撲で、優勝を決めた白鵬が土俵上でガッツポーズをして厳重注意を受けた。
オリンピック種目になるほど国際化した柔道の場合、ガッツポーズをする外国人選手もいる。
でも、この行為は敗者への敬意に欠けていて、武道(柔道)の精神に反していることから、公式に禁止されてはないもののマナーとしてはNG。
2016年のリオ・オリンピックの決勝戦で、一本勝ちで金メダルを獲得した大野将平選手の顔に笑顔はまったくなかった。
表面上は冷静さを保っていたけど、内心では喜びが爆発していたらしく、試合後のインタビューでこう話す。

「対人競技なので、相手を敬おうと思っていました。日本の心を見せられる場でもあるので、よく気持ちを抑えられたと思います。」

 

 

日本の野球にくわしいアメリカ人が書いた本を読んでいると、日米の野球に対する考え方の違いについてこんな指摘があった。

明治時代にアメリカ人が伝えた野球は、日本では礼節を重んじる武士道の精神が込められて独自の進化をとげる。アメリカ人は野球をプレイとして楽しむが、礼節を重んじる日本人はこれを精神的な修行と考えている。ベースボールと野球は似ているが、両者は別ものである。

野球は1871年(明治4年)にアメリカ人のホーレス・ウィルソンが初めて日本に紹介されたスポーツで、1894年に中馬 庚がベースボールを「野球」と訳した。
そんなスポーツを日本に広め発展させた功績をたたえられ、「日本野球の父」と呼ばれる人物に安部 磯雄(あべ いそお:1865年- 1949年)がいる。
江戸時代末期、福岡藩の武士(藩士)の家に生まれた安部は「知識は学習から、人格はスポーツから」という考えの持ち主で、自分がアウトになる代わりに走者を進塁させる犠牲(送り)バントを「卑怯である。武士道に反する」と言って嫌った。
でも1905年、安部が監督として早稲田大学野球部を率いてアメリカ遠征をしたとき、アメリカの選手が平気で送りバントをやっていたから、安部もしぶしぶこれを認めたとか。

プロではない学生にとっては、精神修養が大切だと考えていた安部は野球論(野球の三徳)でこの二つを重視する。

・競技中最後に至るまで同一の熱心を以て戦ふべきこと
ボロ負けしてようと大勝してようと、試合では最後まで手を抜かず全力でプレーをする。
(この精神のせいか、高校野球ではときどき公開処刑が行われる。)

・勝負に余り重きを置かぬこと
試合で大切なことは勝敗よりも、平静沈着な精神に終始することにある。だから、この態度を忘れてはいけない。

学生野球では卒業後に、「人生」という本当の試合が待っている。
だから、それに立ち向かう選手にはどんなときも最善を尽くし、厳しい場面でも平常心を保ち続けてほしいと安部は願っていた。
野球はそのためのツールなのだ。(安部磯雄と早稲田大学野球部
明治時代にアメリカ遠征をしたとき、打席に立った日本人選手が審判に対して帽子を取って一礼するから、アメリカ人がその礼儀正しさに驚いて称賛したという。
これもきっと安部が大事にしていた武士道の精神の一つだ。

ただ安部が野球における人格形成や精神修養を強調した背景には、学習院院長だった乃木希典が「対抗試合のごときは勝負に熱中したり、あまり長い時間を費やすなど弊害を伴う」と批判するなどの「野球害毒論」があったという説もある。

現在ではプロ野球より、高校野球で「礼に始まり礼に終わる」というスポーツマン精神や武士道精神がある。
試合の始めと終わりに両チームが向かい合って帽子を取って、「お願いします!」「ありがとうございました!」と深々と頭を下げる挨拶はその代表例。
このお辞儀のタイミングを合わせて、両チームの選手が同時に頭を下げるよう高校野球ではとくに注意して指導を行っている。
こういう礼節を重んじるスポーツでは、ガッツポーズは公式ルールとしては禁止されてないけど、敗者への配慮に欠ける行為だからタブー視されている。
安部が大切にしていた武士道の精神がいまでも流れ続けているからだろう。

 

余談

全日本柔道連盟の会長をしている山下泰裕氏が、ロシアのウクライナ侵攻で民間人の死傷者が出ていることについて、

「これらの行為は柔道の精神、目的に完全に反するものです。まったく容認することはできません」

とプーチン大統領を批判した。
いまプーチン氏のしていることは、柔道の有段者がすべきことの正反対だから、山下会長としても心が痛いはず。
これがもし、プーチン氏が野球好きだったとしても、米プロ野球リーグのMLBが「ベースボールの精神に反するもので容認できない。」と非難するとは思えない。
武力でもって他国へ攻め込むことは日本の「野球道」には反しているけど、ベースボールではそんなことは関係ない。

 

2010年に千葉ロッテの神戸選手が西武の涌井秀章から3点本塁打を打ったとき、喜びのあまりガッツポーズを連発する。そしたら、次の打席でデッドボールをくらった。
動画を見ると神戸選手は「ですよねー」と納得していたように、全く怒ることなく一塁へ歩き出したけど、これを報復と思ったコーチらが激怒し、ベンチを飛び出して乱闘寸前になった。
さすがにここまで目の前で喜ばれると、武士としての名誉が傷つくから報復もやむなし。

 

 

 

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今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。