【日本の雪国・暖国】21世紀と江戸時代の人たちの発想

 

日本の冬は北と南で、見える景色も人の気持ちもまるで違う。
太平洋側の静岡では雪が降ると「ヒャッホーイ!」と喜ぶようすがSNSにアップされるけど、長野や新潟の知人は除雪を考えるとウンザリするという。
国内の雪国と暖国のギャップは、温暖化で多少の違いがあったとしても、基本的に江戸時代と変わっていない。

出身地である越後(新潟)を「日本国中に於て第一雪の深き国」といった鈴木牧之(1770年 – 1842年)は江戸に出てきてから、雪国と暖国の、異世界転生レベルの違いにショックを受けた。
初雪が降ると江戸の庶民は嬉しくてはしゃぐけど、雪国の人はこれから始まる厳しい生活を思って心が重くなる。
それで同じ日本でも「楽と苦と雲泥のちがいなり」と鈴木は『北越雪譜』に書く。
特にそう感じるのはお正月。
梅の花が咲いて、着飾った人たちが歩く華やかな江戸の正月に比べて、越後は「雪の中にありて元日の春をしらず」という状態。

雪が家より高く積もるから、日光を家の中に取り込むためには雪を取り除かないといけない。
雪国の人たちはそんな薄暗い家の中で正月を迎えるから、太平洋側の暖国にいる人を「春を楽(たのし)む事実に天幸の人といふべし」とうらやむ。
江戸の暖国の人たちは同じ日本人なのに、雪国の生活をまったく知らない。
そのことに鈴木はショックを受けて、『北越雪譜』を書く動機につながった。

 

雪国に無関心で無知だった江戸時代とは違い、現代の暖国の人は豪雪地帯の苦労をそれなりに分かっている。でも、実は案外分かっていないこともある。
1988年に新潟県の中里村(現:十日町市)が「雪国はつらいよ条例」をつくったときのこと。
中里村は2月になると2m以上の雪が積もる日本有数の豪雪地帯で、そこでの積雪対策の条例「雪国はつらいよ条例」は中学の公民の教科書でも紹介された。
雪国で過ごす冬の厳しさを全国的にシェアしようと考えたのだろう。でもこれ、「雪国はつらつ条例」の間違いだったことが発覚。
教科書で誤記というのは本来ならあり得ない。
でもこのときは、執筆者や内容をチェックする教科書会社の人が見過ごしてしまい、さらに文部省の担当者もスルーして検定に通ってしまった。
関係者全員が「雪国=つらい」という先入観を持っていたとしか思えない。

「雪国はつらつ条例」は豪雪地帯にある中里村が雪を克服し、雪を利用し、雪に親しむための施策を推進し、「村民がはつらつとした活力ある村づくりを目指す」という明るくポジティブなものなのに、真逆に理解されてしまったらしい。

 

 

最近、財務省が公開した「令和4年度地方財政計画」にある発想が、一般国民の常識を越えていると話題だ。
この中で、除雪費がかかるから道路の維持費はどうしても積雪地域の方が高くなってしまうので、その費用を節約するためにこんな案を提唱する。

「例えば、市町村・地域管理構想に基づき、冬期に限り地域の全住民が平野部に集住し、地域に至る道路を冬期閉鎖する」

つまり冬の間、豪雪地帯に住む人たちをまるごと平野部に移せば、「節約した除雪費の一部を居住支援等に活用できる」とか、財政負担の効率化と住民の安全な生活の両立を図ることができると。
*細かい内容はリンク先を見てほしい。

ざっと見た限り、この財務省の案に共感する人はいない。

・除雪しなかったら家が潰れちゃうだろ
春になって戻る家がなくなる
・ハイジを思い出した
・ついに本気出してきたな
・財務省が豪雪地帯に移転しろ
・日本の終わりぶりがヒドイw
・北朝鮮なら出来るだろうな

暖国と雪国を比べて「楽と苦と雲泥のちがいなり」とため息をついた鈴木牧之なら、除雪費を削減するために住民を移動させるという財務省の、天幸の人たちの発想をどう思うか。

 

 

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今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。