「世界最古の王朝」の歴史で生まれた3人の不幸な天皇

 

世界が認めたように、この国の歴史は地球上でいちばん長い。

ギネスとCIAが認めた日本。控えめに言って世界最古の国

といってもこれは「現在につづく国」という意味で、日本が人類史で初めてできた国ということじゃない。
ギネスの公式記録に「世界最古の王家」(Oldest ruling house)とあるほど、日本の皇室には長い歴史がある。
となると当然、「時代ガチャ」に当たる天皇も外れる天皇もいて、なかには大ハズレを引いた不幸な天皇もいた。
これからそんな薄幸な3人の天皇を紹介しよう。

 

まずは587年のきょう9月9日に即位したとされる、第32代天皇の崇峻(すしゅん)天皇だ。
崇峻天皇は日本の歴史のなかで唯一、臣下に暗殺された天皇と記録されている。
とてつもない不名誉を後世に残してしまった原因は「うっかりミス」だったという。
592年、献上された見事なイノシシを見て崇峻天皇はこう発言する。

「いつかこの猪の首を切るように、わたしが憎いと思っている者を斬ってやりたいものだ」

その場にいた聖徳太子は「えっ、何言ってくれてんの?」と驚き、「いまの言葉は絶対に口外しないように」と皇族や豪族たちに口止めをする。
でも誰かが大臣の蘇我馬子に、それを伝えてしまったらしい。

「それはきっと自分のことに違いない。ならば先手を打つのみ。いつやるの?イマでしょ!」と自問自答した馬子は、東漢 駒(やまとのあや の こま)に崇峻天皇の殺害を命じ、東漢はそれを実行した。
東漢がこのあと馬子に殺されたのは、天皇暗殺の口封じのためだろう。
だから東漢 駒を、ケネディ大統領を暗殺したオズワルドに重ねる人もいるかどうかはしらんけど、このあと日本初の女帝・推古天皇が即位したのはガチ。
ということで6世紀の崇峻天皇は、本当に猪を馬に例えたのか分からないのに、臣下に暗殺された唯一の天皇という負の記録ホルダーになってしまった。

 

次の「不幸天皇」はこの安徳天皇。

 

平安時代末期、源氏と平家の「絶対負けられない戦い」がぼっ発すると、最終的には、源義経とかいうチート級の軍神のいた源氏が勝利を収める。
一ノ谷の戦い、屋島の戦いで負けた平氏は追い詰められて、壇ノ浦で最後の戦いを挑むが、
ここでも敗北して平家一族は滅亡する。
この1185年の壇ノ浦の戦いで、おばあちゃん(清盛の妻・平時子)に抱きかかえられた6歳の安徳天皇は、

「極楽浄土という結構なところにお連れ申すのです」
「波の下にも都がございます」

と言葉をかけられた後、一緒に海に飛び込んでこの世を去る。
歴代の天皇の中で最も短命で、かつ戦乱で命を落とした唯一の天皇。
平家と一緒に滅亡する運命を背負わされた安徳天皇は、生まれたタイミングが悪すぎた。

 

 

悲惨な最期を迎えた崇峻天皇や安徳天皇とは、タイプの違う不幸を経験したのが仲恭(ちゅうきょう)天皇

1221年5月13日に、いまの数え方だと3歳で天皇の位を受け継いだ仲恭天皇は、1221年7月29日に退位する。
在位期間は高校生のアルバイトよりも短く、2カ月チョットしかない。
これは歴代の天皇の中でも最短記録だ。
天皇の位を受け継ぐことを「践祚:せんそ」といい、践祚した天皇がそれを国民に告げる儀式を即位という。

1221年といえば、鎌倉幕府と朝廷との戦い「承久の乱」があった年だ。
父の順徳天皇が祖父の後鳥羽上皇と一緒に戦うために(武士と直接対決はしない)、3歳の息子に天皇の位を譲ったことで仲恭天皇が誕生する。
でも北条泰時が率いる幕府軍に敗北すると、後鳥羽・順徳上皇はそれぞれ島流しにされ、仲恭天皇は皇位を廃された。
幕府と朝廷の権力争いに3歳の子どもが巻き込まれて、大人の都合でよくワカランうちに天皇にさせられた思ったら、すぐにその位を奪われた。
正式に即位していなかったから、彼は廃帝、半帝、後廃帝と呼ばれることとなる。
「仲恭天皇」の名前(諡号)がつくられたのは明治時代になってから。

 

崇峻天皇も安徳天皇も仲恭天皇も特異な経験をして、それぞれ負の意味で唯一無二の天皇になってしまわれた。
この中でさらに「不幸オブ不幸」を決める気は無し。
世界最古の王朝にはいろんなナンバーワンがある。

 

 

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今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。