【異世界】米国人ハリスが見た幕末の日本の良い/嫌なところ

 

幕末の日本で重要なアメリカ人というと、ペリー&ハリスのツートップ。
「YOUは何しに日本へ?」でいえば、1854年にやってきたペリーは幕府と日米和親条約を結んで、下田と函館の港を開いて、燃料補給などでアメリカ船が利用することを確認した。
だがしかし、幕府はアメリカと貿易だけはガンとして認めなかった。

ハリスの「YOUは何しに日本へ?」は日本との貿易を始めること。
そのために来日したハリスは1857年のきょう12月7日、江戸城で将軍・徳川家定と会って、アメリカ大統領の親書を読み上げる。
そして翌58年にハリスと幕府が日米修好通商条約を結んだことで、両国の貿易が認められた。日本の実質的な開国はこのときだ。
一方、天皇の許可(勅許)がないのに、この条約を締結した大老の井伊直弼は1860年に「桜田門外の変」で暗殺される。R.I.P.

 

タウンゼント・ハリス(1804年 – 1878年)

 

日本で多くの人と交流したハリスは日本人を「喜望峰以東の最も優れた民族」と、よせよ照れるじゃねえかというほど称賛してくれて、滞在していた静岡の下田についてもこうホメている。

「家も清潔で日当たりがよいし、気持ちもよい。世界のいかなる土地においても、労働者の社会の中で下田におけるものよりもよい生活を送っているところはほかにあるまい」

ハリスの見た日本は異世界で、完璧な世界ではない。
彼にとってイヤなところは、日本人が混浴することで「このような品の悪いことをするのか判断に苦しむ」と日記に書いている。
これについてはペリーもきっと「だよねー」と同感で、彼は『日本遠征記』にこう書く。

「男も女も赤裸々な裸体をなんとも思わず、互いに入り乱れて湯船で混浴しているのを見ると、この町の住民の道徳心に疑いを挟まざるを得ない。他の東洋国民に違い、道徳心がはるかに優れているにもかかわらず、確かに淫蕩な人民である」

 

そんなハリスは「ミルク大好き人間」で、日本では牛乳が飲めないことにかなり苦しんだ。
当時の日本人にとって牛乳とは子牛が飲むもので、人間が飲むという発想はなかったから、ハリスの強い要求を聞いて「え?人が牛乳を飲むとかまじでキモい…」とドン引きだったかも。

幕府の役人から、飲用としての牛乳なんてないと言われると、では母牛を飼って自分で搾乳するとハリスは言う。

役人:牛は農作業や物を運ぶためのもので、他人に譲ることはできない。
ハリス:じゃあ、日本にヤギはいるのか?
役人:日本にも隣国にもいない(アキラメロン)。
ハリス:ヤギを海外から持ってきて、ここで育ててもいいか?
役人:寺の境内で飼うのはいいけど放飼はダメ。

こんなやり取りをしたあげく、文化の壁を突破できなかったハリスは牛乳を手に入れることができなかった。
ハリスが体調を悪くした時、どうしても牛乳を飲みたいと言うから、侍女として世話をしていたお吉が「薬を作るため」と言って下田の農家からゲットして渡すと、ハリスは大喜びしたという。

そんな時代から150年以上が過ぎたいまの日本を見ると、ハリスの嫌った混浴と牛乳問題は改善されて、良いところはそのまま残っている。

 

参考:一般社団法人「Jミルク」の第3回 開国の役割を担ったハリスと牛乳

 

 

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今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。