3月3日の todayはひな祭り。
この行事の起源は、古代中国にあった「曲水の宴」という厄払いの風習といわれる。
遣隋使や遣隋使が中国に渡って政治制度や文化などを学んで、それを持って帰って日本を発達させたことは歴史の事実。
だから、ひな祭りをはじめとして、日本には中国に起源をもつ文化が山盛りある。
だからといって、日本が文化的に中国の“一部”になったわけではないと、20世紀前半の歴史家・津田 左右吉(つだ そうきち)が主張した。
日本は、過去においては、文化財として支那の文物を多くとり入れたけれども、決して支那の文化の世界につつみこまれたのではない
「支那思想と日本 (津田 左右吉)」
*支那は中国のこと。いまこの言葉は侮辱語になるからNG。
津田左右吉(明治6年 – 昭和36年)
日本が中国文化の世界につつみこまれたワケではないーー。
それを証明するには、中国とは違う日本の独自性を挙げればいい。
たとえば、ひな祭りだ。
天皇・皇后を模したとされる「お内裏様とお雛様」がいちばん上にいて、その下に宮中に仕える女官、音楽を奏でる人たち(五人囃子)、左大臣と右大臣(随身:ずいじん)、従者や護衛(仕丁:しちょう)といった「ひな人形」は日本にしかない文化だ。
はい論破。
ほかに「つるし雛」も日本独自のもの。
*「吊るし」だと不吉な予感がするから、縁起物の「つるし雛」には普通は平仮名を使う。
つるし飾り
「日本三大つるし飾り」として有名なのが、わが静岡県にある伊豆稲取の「つるし飾り」、福岡県柳川市の「柳川さげもん」、そして山形県酒田市の「傘福」だ。
伊豆稲取が「発祥の地」とPRしている。
この「つるし飾り」の始まりはわりと切ない。
ひな祭りが一般的になってきた江戸時代、お金の無い人にとってひな人形は高嶺の花だから、とても手が届かなかった。
でも、子どもの健やかな成長を願う気持ちに貧富は関係ない。
それでひな人形の代わりに、母親や祖母、さらには近所のおばさんまで小さな人形を作って、それを持ち寄ってひもにつるして一つにした。
「つるし雛」はそうやって始まったという。
稲取温泉旅館協同組合HP「雛のつるし飾り」
それぞれのつるし雛には、子どもの幸せを願う人たちの気持ちが込められている。
手鞠:(家族の幸せ)
うさぎと金魚:(魔除け)
さる:(魔が去るという魔除け)
巾着:(お金に困らないように)
団子:(食べ物に困ないように)
被布着:(着るものに困らないように)
桃:(長寿)
これはもう、一つ一つに「お内裏様とお雛様」と同じ価値がある。
こんな文化があるのは日本だけ。
中国文化の日本文化への影響②日本風にアレンジした5つの具体例。
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