【戦争のつめ跡】終わると始まる、裏切り者へのリンチ

 

第二次世界大戦の末期、1944年6月6日に連合軍がフランスのノルマンディーへ上陸して「オーバーロード作戦」が始まった。
本作戦の目的は、ナチス=ドイツに占領された西ヨーロッパを解放すること。
このあと連合軍は各地でドイツ軍を撃破して、8月25日にパリを奪い返すことに成功する。

その前まで、ナチスの支配下にあったパリではこの悪魔に抵抗する市民がいれば、むしろ協力して「おこぼれ」をもらおうとする人たちもいた。
ナチス側に立った人間を「コラボラシオン」(フランス語で“協力”の意)という。
パリが解放されてドイツが消え去ると天地がひっくり返って、今度はフランス人の手によって裏切り者への制裁が始まった。
下の動画では、親ドイツだったコラボラシオンの女性が捕まって、公開の場で頭を丸刈りにされた後、市中引き回しの屈辱をあたえられている。
この“自業自得”を見てパリの市民は大歓喜。
こうした「カーニバル(=リンチ)」はよく行われていた。

 

 

歴史は繰り返す。
ウクライナ軍の反撃によってロシア軍が消えた地域でも、いま同じようなことが少しずつ始まっているようだ。

ロイター通信(2023年5月20日)

焦点:ロシア後退のウクライナ、広がる隣人への不信

親ロシア派とされた70代のウクライナ人女性は、家の壁に「ラシスト(Rashist:ロシアのファシスト)」と赤いペンキで書かれたり、ロシア軍を象徴する「Z」の文字がいくつも書き込まれ、「自分はウクライナを裏切っていない」と訴える。
警察の捜査をうけたこの老婆は「何が何だか分からない。捜査結果でも何も見つからなかった」と涙ながらに話したというが、隣人の話はまったく違う。
この女性は「公然とロシアを支持し、ロシアは偉大で、自分はウクライナの支配下で恐ろしい思いをした」と触れ回っていたと証言する。

ウクライナが奪い返した地域では、ロシアに協力した人間を糾弾するこんな動きが「日常的に目にされる光景になっている」という。
これから始まるウクライナの反転攻勢が成功して、ロシアから解放されたとしても、次はきっと疑心暗鬼につつまれた地域住民による「カーニバル(裏切りへの報復リンチ)」が始まる。
G7サミットで広島を訪問したゼレンスキー大統領は、広島のように必ずウクライナも復興させると決意を語った。
でも、戦争が残した傷跡としては建物の崩壊よりも、憎悪と不信による地域のコミュニティの分断のほうが深刻で、元に戻すには時間がかかりそうだ。

 

パリが解放された後、銃殺されたコラボラシオンもいた。

 

 

 

【超絶ラッキー】ノルマンディー上陸作戦で、2時間死んだフリ

【ザ・ブリッツ】57日間連続で、ドイツがロンドンを猛爆撃

青いキットカットの時代:イギリスと日本と第二次世界大戦

第一次世界大戦はどんな戦争なの?新兵器と総力戦とは?

ドイツ軍のロンドン大空襲に、イギリス人は「平常心」で対抗

 

コメントを残す

ABOUTこの記事をかいた人

今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。