カンボジアでビックリしたことの一つは、クモ(タランチュラ)を油で揚げたスナックがあること。
カンボジア人の話によると、このフライをビールのおつまみに最適らしい。
これは食文化の違いだからいいとしても、日本人の価値観からは受け入れられないことがある。
それは現在のカンボジアの政治情勢だ。
カンボジアの民主主義はいま危機に瀕していると、日本の有力メディアが一斉に政権与党を非難した。
朝日新聞(2023/7/27)
カンボジア首相退任、発展と独裁の38年 在任「世界最長」続く院政
読売新聞(2023/07/09)
カンボジア選挙 看過できぬ民主主義の形骸化
毎日新聞(2023/7/20)
カンボジア総選挙 野党排除の強権を憂える
紀元前500年ごろの古代中国の兵法書『孫子』には、「戦いは始まる前に勝敗が決まっている」といったことが書かれている。
自分が絶対に勝てる条件を整えてから戦えば百戦百勝だ。
「おまえはもう死んでいる」と同じように、確定された未来を先に作っておけばいい。
先日、引退を発表したフン・セン氏は38年間にわたってカンボジアの首相として君臨していて、その在職期間は「世界最長」といわれる。
フン・セン氏が選挙に勝ち続けた理由は、言論の自由を抑圧し、野党候補を選挙前につぶしたからだ。
2018年に行われた選挙では、有力野党を解散に追い込んだことで、フン・セン氏率いる与党が全125議席を独占した。
そして今回の選挙でも、有力野党の選挙参加が認められず、与党は大勝利を収めた。
相手を排除し、無力化してから選挙を行うことで、与党の連戦連勝は投票する前に決まっている。
当然これは公正な選挙ではないから、日本のメディアは「独裁」「看過できぬ民主主義の形骸化」「強権を憂える」とカンボジア政府を非難し、日本政府には「政権に自制を促す強いメッセージを出す必要がある」と訴える。
引退を発表したフン・セン氏が後継者(次期首相候補)に長男を指名したから、事実上の世襲制が始まったとみていい。
カンボジアの民主主義が危機的状況にあることを、国民はどう考えているのか?
日本にいる20代のカンボジア人男性に話を聞いたところ、彼の考えでは「わりとどうでもいい」だった。
カンボジアでは1970年代のポル・ポト政権時代に、150万~200万人が犠牲となったとされる大規模な虐殺が行われた。(カンボジア大虐殺)
虐殺現場で発掘された犠牲者の遺骨。
博物館に展示されていたポル・ポトの写真
ペンか何かで目がつぶされていた。
その時代を生きた彼の両親は、子供のころに地獄のようなつらい体験した。
まず、家族はバラバラに引き裂かれ、同じ世代の子供たちと共同生活をするキャンプに入れられた。
学校に行くことはできず(というか学校がなかった)、質素なお粥のような食事だけが与えられ、毎日重労働をさせられた。
ポル・ポト時代が終わった後も、カンボジアでは混乱や貧困に苦しむ状態が続き、生活はとても厳しかった。
カンボジア人にはもともとクモを食べる習慣はなかったが、ポル・ポト時代では飢えをしのぐためにクモを食べるようになった。
食べてみたら意外においしかったらしく、カンボジア料理の一つとして定着していく。
両親はそんな過酷な体験をしたから、現在のカンボジアでは強制労働も飢えの心配はなく、何でもハッピーに見える。
むしろカンボジアは豊かになりすぎてしまって、若者が苦労を知らないことを不安や不満に思っている。
両親にとっては食べる物があって、家族が一緒にいられたらそれで十分。
彼らはまともな教育を受けることができなかったから、目に見える範囲のことしか理解できず、民主主義がどんなものかよく分からない。
知人の親の世代では、そんな崇高な概念よりも具体的なお金や食べ物が大事で、現在の生活にはそれがあるから、基本的に満足しているという。
カンボジアは貧しい国だけど、悪夢のポル・ポト時代と比べたら、きっと何でもマシに見える。
現在の首都プノンペンの様子
大学教育を受けた若者世代は民主主義の制度や理念が分かっていて、その価値も知っているらしい。
でも、知人の場合は、2018年に与党の強大な力で野党が解散させられるのを見て、この国ではまともな民主主義は不可能だとあきらめてしまった。
国にとって、公正な選挙が重要だと理解しているものの、それをカンボジアで実現させる方法がまったく見えない。
そんなことで、彼は政治に関心を持つことが無意味に思うようになり、自分の人生や家族の生活のことだけを考えようになった。
外国から「独裁」「看過できぬ民主主義の形骸化」「強権を憂える」と非難されても、自分ではどうしようもない。そう言われるのも面倒くさいし、はっきり言うとウザイ。
政治のことは考えても意味がないから、彼の結論は「どうでもいい」になる。
そんな話を聞くと、「あきらめたらそこで試合終了ですよ」という気持ちがする。
でも、いまのカンボジアで民主主義を実現することはとてつもなく困難で、危険であることは理解できた。
生活が豊かになっていると、政治を変えようとするモチベーションも薄れてしまうのも分かる。
『孫子の兵法』によれば、戦わずに勝利するためには、相手に戦っても利益がないと思わせ、戦意を無くすことが重要とされている。
カンボジア国民はその術中にはまっているように見える。
でも、事情や実情を知らない日本人にそう言われても、「ウザ…」と思われるだけだろう。
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