【メッカと犬】日本にいるイスラム教徒が怒った理由

 

5年ほど前、日本に住んでいたインドネシア人のイスラム教徒と話をしていると、彼が「このまえヒドイ言葉を見ました」と不満を語りだした。
そのワケは、日本語の読み書きのできる彼がネットサーフィンをしていると、サイトか個人の書き込みか知らないが、秋葉原を「オタクのメッカ」と表現しているのを見つけたから。

イスラム教の聖地にはメッカ、メディナ、エルサレムがあり、その中で最も尊いのが、預言者ムハンマドが生まれ、イスラム教が始まった場所であるメッカだ。
イスラム教徒なら誰でも、サウジアラビアにあるこの聖地に一生に一度は行きたいと願う、というか、そこを訪問することはイスラム教徒の義務になっている。
上のインドネシア人はそのために、新婚旅行でサウジアラビアを選んだ。

 

日本では、人がたくさん集まる場所や何かの中心地を「○○のメッカ」と呼ぶことがある(あった)。
英語で「Paris is the mecca of fashion(パリはファッションのメッカ)」なんて言うから、この表現は欧米から日本に伝わったと思われる。
しかし、サウジアラビア政府をはじめ、世界中のムスリムはこの比喩表現を嫌うから、いまの日本のメディアでは「〜のメッカ」という言葉は使用不可になっている。
以前、テレビ朝日の番組が「渋滞のメッカ・六本木」と表現してしまい、後から不適切な表現だったと謝罪したこともあった。
ここまで読めば、インドネシア人が「オタクのメッカ・秋葉原」という無神経な表現に怒った気持ちも理解できるはず。

 

イスラム教については学校で、「豚肉とアルコールはNG」とならったと思う。
でも、この2つに対するイスラム教徒の見方はまったく違って、豚は「不浄の動物」として嫌われているが、アルコールは「汚れた飲み物」ではない。
イスラム教徒は天国へ行けば、酒が好きなだけ飲めると信じているから、アルコールは善行を積んだことに対する「ご褒美」だ。

イスラム教徒には豚だけでなく、一般的に犬も禁忌とされている。
その理由は、ムハンマドが「犬を飼う者は善行を差し引かれる」「天使は犬のいる家に入ることはない」と言ったり、黒い犬を「悪魔」と呼んだりしたからだと。
彼は犬を殺すように命じたこともあるという。

だから、「汚れた動物」を神聖な場所に触れさせてはいけない。
2019年にインドネシアで、犬を連れてモスク(イスラム礼拝所)に入ったキリスト教徒が、イスラム教を冒とくした罪で警察に捕まった。
イスラム教徒にとって、モスクを汚すことは最大級の侮辱行為になる。
ただ、この女性には精神疾患があったらしく、有罪判決は免れた。
また、イランの警察は2022年に、テヘランの公園で犬の散歩をさせることは犯罪になると発表した。
イスラム圏で、「うちのワンちゃんは荷物じゃない! 飛行機でも同伴を認めて!」という意見に共感が集まることはないだろう。

日本では、こうした事情があまり知られていないから、観光庁のウェブサイトには、「犬になめられると汚れると考えられています」という理由で、イスラム教徒に犬を近づけないようにと注意を呼びかけている。
ムスリムおもてなしガイドブック基礎知識編

その一方で、2020年にサウジアラビアでドッグカフェがオープンした。
そんな事例もあるから、イスラム教にとって犬は基本的にNGだけど、具体的な対応や見方は国や地域によって違う。

 

隣国の韓国も日本と同じく、歴史的にイスラム教とのつながりは薄い。
最近、そんな韓国の国会で「犬食用禁止法」が成立した。
韓国では昔から犬を食べる習慣があり、日本の「土用のうなぎ」のように、特に夏の暑さを乗り越えるために犬肉を食べてきた。
動物愛好家などはこれを毛嫌いして抗議活動を行い、反対の声が強くなっていった結果、ついに法的に禁止されることとなった。

それを伝える朝鮮日報の報道がこちら。(2024/01/10)

犬食用禁止法成立直後に韓国「犬肉のメッカ」牡丹市場に行ってみた【ルポ】

犬食に関する仕事をする人たちが集まる「牡丹(モラン)市場」では、法案成立に対して、怒りやあきらめの声が聞かれたという。
しかし、イスラム教徒の注目ポイントはきっとそこじゃない。
オタクや渋滞でも不快になるのに、よりによって「犬肉のメッカ」はない。
ムスリムにとって、この組み合わせは最悪だ。
日本の新聞なら、即座に謝罪と訂正が必要になる。

いま日本には、イスラム教徒が20万人以上も住んでいる。
だから、豚とアルコールだけでなく、メッカや犬についても配慮したほうがいい。

 

 

中東 目次

イスラム教 「目次」

イスラム教と豚②味の素がインドネシアで大失敗、日本人逮捕

日本の”もどき料理”3つ。ついにイスラム教徒用豚骨ラーメンも

タイ人が牛肉を、イスラム教徒が豚肉を食べない理由:観音様とハラール

 

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今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。