夏といえばカレー。
俺たちのココイチが最近、数量限定で「バターチキンカレー」を世に放った。
バターや生クリーム、カシューナッツを使って濃厚なコクのあるカレーソースを作り出し、それと相性の良いタンドリーチキンを具材にして、この夏に勝負に出たらしい。
ということで今回のテーマは、この偉大な料理を生んだ国についてだ。
友人のインド人女性は日本に5年ほど住んでいて、今年の春に帰国した。その前に彼女と会ってカレーを食べながら話をしたので、これからその会話の模様を書いていこう。
ーー日本に住んでいて、嫌な体験をしたことはある?
差別を受けたとか、すごく嫌なことはなかったけど、小さい不満なら何度も感じた。
たとえば、日本人の考える「インド」は北インドのことだから、南インド出身の私としては「いや、そうじゃない」ってストレスを感じる瞬間は何度もあった。
ーー日本人のステレオタイプ(先入観や思い込み)か。
日本では、インド旅行の定番ルート「デリー・アグラ(タージ・マハル)・ジャイプール」のいわゆるゴールデン・トライアングルも、それにヴァラナシを加えたインド旅の四天王もすべて北インドにある。
それに、日本人の駐在員がたくさんいるグルガオンも北部にあるから、日本に伝わるインド情報はどうしても北部にかたよりやすい。
でもね、南インドには、古代からの伝統的な文化が今もよく残っているのよ。アーユルヴェーダはその代表で、賢人のアガスティヤも南インドの人だった。
南インドの伝統的な踊りの「カタカリ」や「バラタナティヤム」はとても有名なのに、日本では知られていない。
*アガスティヤはインド神話に出てくる人物。
彼が未来を予言し、それを葉っぱに記したという「アガスティアの葉」は日本でもブームになった。
ーーボクはインドに何度も行ったことがあるし、インド人との付き合いも多いから、「インドのことはわりと知ってますよ」とひそかに自負していた。
でも、最近、ホーリーは北部のイベントで、南部ではあまりやらないと知って目からウロコが落ちた。てっきり、ホーリーは全インドで行う祭りだと思いこんでいたから。
インドの春祭り”ホーリー”:色をかける理由・カーストとの関係
南インドのアーユルヴェーダ
なんで男をモデルにしたし。
南インドの古典舞踊「カタカリ」
歌舞伎俳優の尾上菊之助さんはインドでカタカリを観て、「歌舞伎のルーツはカタカリにあったのでは?」と思ってしまうほど、共通する部分が多いという。
たしかに、目をギョロッと動かすしぐさは歌舞伎と似ていた。
ーー日本では「インドはヒンドゥー教の国」という印象が強い。
でも、インドには約1億8千万人のイスラム教徒がいて、特に北部に集中している。
12世紀から北インドではイスラム王朝(デリー・スルターン朝)が成立して、19世紀にムガール帝国が滅亡するまで、その時代がつづいた。
いっぽう、南インドではイスラム教の影響が薄い。インドをヒンドゥー文化圏と考えるなら、そのイメージは明らかに南部の方が合っている。
そう、だから北インドの人たちはお金に細かい。
ーーそれ、イスラム教と関係ある? それこそステレオタイプだろ。
気候もそうよね。
北部のデリーでは、冬になると気温が10度以下になって、けっこう寒いけど、南インドは一年中暑いから、いつでもTシャツとサンダル姿でいい。
ーーイグザトリー。一般的に日本人がイメージするインドは常夏だから、気候的にも南インドだ。
南インドにも見るところはたくさんあるし、自然も豊かで、人もやさしいのに、日本では知られていない。
日本でインドのイメージを悪くさせている宗教暴動や凶悪な事件は、北インドで起こることが多い。南インドはわりと治安が良くて教育レベルも高く、社会的にも安定しているのに、日本人はそのことを知らない。
北インドを全インドとして語っている日本人がいると、「いや、そうじゃない」とツッコミたくなるわけよ。
ーー日本人はまだインドを知らないと。
ボクもインド人から話を聞くと、いろいろな発見があって、今まで無知だったなとよく思う。
パスカルの言う「知ると知らないことが増える」みたいな。
南インドの定食「ミールス」
語源は食事を意味する英語の「meals」。
ーーそれに、日本でいうインド料理って、ほぼ北インドの料理のことだよね。
カレーはインド全土で食べられているけど、北部は小麦粉文化でチャパティやナンとかのパンが多くて、南部は日本みたいに米が主食になっている。
そんな事情を知らなかった時、南インド出身で、「日本に来て、生まれて初めてナンを食べました。おいしかったです」と話すインド人と会ったのは衝撃的だった。
*バター(ギー)や生クリーム、カシューナッツを使って作る濃厚な「バターチキンカレー」はインド北部の代表的なカレーだ。
北部では油っぽくて胃に重いカレーが多く、南では水っぽくてスープのようなカレーが多い。
タンドリーチキンも北部で生まれた。
そう、それなのよ。
日本のインド料理店は北インドの食べ物が中心だから、私の友人が差別化を図って、南インドの料理を出す店をはじめることにした。私は料理が得意で知識もあったから、開店には全力で手伝ったの。
メニューからナンを外すことは最初から決めていて、代わりに、南インドの「ドーサ」なんかのパンを提供することにした。
でも、店を開いてみたら、日本人のお客さんから「ナンがほしい」というリクエストが殺到。
で、本当に嫌だったけど、結局ナンをメニューに加えることにして、店のコンセントが崩れちゃった。
あれには本当にガッカリした。
ーー「ナンのこれしき」とはいかなかったと。
なにそれ?
ーー知らなくていいです。
とにかく、日本人の「北インドの壁」を崩すことができなかったってことだね。
長いやつがドーサ
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