数年前、日本に住んでいたドイツ人(30代・女性)が「茶道体験をしてみたい!」と言うから、静岡県にあるお茶博物館へ連れて行った。
あとで彼女に感想を聞くと、気持ちのいい畳の上で正座をして抹茶を飲む体験も良かったけれど、茶道で重要な心構えを知ることもできて満足したと言う。
それは「一期一会」。
ホストが茶会を開く際、客との出会いを一生に一度のものと考え、できる限りの誠意を尽くしてお茶を点てる。
「そんな日本人のおもてなしの精神はとても素晴らしい」と感動する彼女に、ドイツ人として大切な考え方やそれを象徴するものがあるか聞くと、しばらく考えてからこう言った。
「それはストルパーシュタインですね」
アインシュタインならわかるけど、それは何?
きょう9月3日は1941年にドイツではなく、ポーランドのアウシュヴィッツ強制収容所で初めて毒ガスによる大量殺害が行われた日。地獄のはじまりと言っていい。
この毒ガスはシラミ駆除のために使われたツィクロンBというもので、この「実験」の結果から、一度に700人を殺害することができることがわかり、ナチスはこれをユダヤ人絶滅のために使うことにした。
ナチスはヨーロッパ全土でユダヤ人を捕らえ、アウシュヴィッツ収容所に連行すると、彼らを選別し、強制労働に不向きの人をガス室に入れた。
ユダヤ人たちは窒息するようなすし詰め状態にされ、もう何もできなかった。
毒ガスが充満していくと、彼らは苦しみのあまり叫んだり、絶望に満ちた声で訴えたりした。声を詰まらせながら泣いたり、悲痛な叫びを上げたりした人もいた。そうこうしているうちに、彼らの声はどんどん小さくなっていく。(Auschwitz concentration camp)
人びとは次々と倒れていき、遺体が積み重なって1メートルほどの高さにまでなった。母親たちは子供を抱きかかえたまま亡くなった。
その後、死体が部屋から引きずり出されると、火葬されるまでの間に、金になるか利用価値のあるメガネや義肢、金歯などが奪われ、女性は髪の毛を剃り落とされた。火葬した後、遺骨などは砕かれて川に捨てられた。
こうした毒殺をふくめ、約600万人のユダヤ人が虐殺された。
9月3日は1944年に、アンネ・フランクがアウシュヴィッツ強制収容所へ移送された日でもある。
ナチスがユダヤ人を絶滅しようとした理由は、ヒトラーの側近だったアイヒマンの考え方からわかる。
ユダヤ人は、ドイツ国民の永遠の敵であり、殲滅(せんめつ)し尽くさねばならない。
われわれに手のとどくかぎりのユダヤ人はすべて、現在のこの戦争中に、一人の例外もなしに抹殺されねばならない。
今、われわれが、ユダヤ民族の生物学的基礎を破壊するのに成功しなければ、いつかユダヤ人がわがドイツ国民を抹殺するであろう「アウシュヴィッツ収容所 (講談社学術文庫)」
多くのユダヤ人がこの壁の前で銃殺刑に処された。(死の壁)
もし、あなたがドイツの街を歩くと、足元にこんな小さな四角いブロックを見つけるかもしれない。
これはストルパーシュタイン(つまずきの石)と呼ばれるもので、真鍮板にはナチスによって迫害されたり、命を奪われたりした人の名前や生年月日、死亡した日など個人(故人)の生きた記録が刻まれている。
犠牲者が生きていた場所にストルパーシュタインが設置され、これを見ることで、ドイツ人は彼らの魂を追悼し、ナチスの蛮行を思い起こす。この「つまずきの石」はドイツ人の日常生活の一部にある。
ストルパーシュタインはオランダやフランス、スペインなどヨーロッパ各国で設置されている。
詳しい情報は、ストルパーシュタインかStolpersteinを見てくれ。
ここで話を冒頭に戻そう。
話を聞いたドイツ人には、「一期一会」のような思想が思い浮かばなかった。それで、ドイツ人にとって大切な精神を考えると、ホロコーストに対する反省で、それを具体的に象徴するものがストルパーシュタインだった。だから、このブロックを挙げたという。
こっちは、ドイツ流の「おもてなしの心」を表す言葉やものを聞けると思っていたから、この答えはまったくの想像外。
これもある意味、ドイツ国民にとってホロコーストは過去の出来事ではなく、今でも身近に感じていることの表れか。
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