日本人が中国人を相手にした場合のタブー、それは日中戦争(1937年 – 1945年)にあたる近代史。
むかし中国を旅行していて、うっかりその地雷を踏んでしまい、恐怖を感じたことがある。
北京で3輪タクシーに乗って目的地に着くと、ドライバーが約束の料金の3倍ほどの金額を請求してきやがった。
相手は日本語が理解できないし、インドやエジプトと違って中国人のドライバーには英語も通じない。大声で一方的に中国語でまくしたてられ、数百円のためにケンカするのも面倒だったので、少し抗議してあきらめ、言われた金額の8割を払うことにした。
お金を渡す時、ボソッと「ばかやろう」と言ったらドライバーが激怒して、顔を近づけて怒鳴りまくる。これはおかしい。怒り方が尋常ではない。身の危険を感じるレベルだったから、ボッタクられた被害者だったにもかかわらず、思わず「ソーリー」と謝ってしまった。
後日、中国人の日本語ガイドにその出来事を話すと、彼は笑いながらこんなことを言う。
「それはいけませんね~。抗日ドラマの影響で、相手を侮辱する『ばかやろう』という日本語を知っている中国人は多いんですよ。それを日本人から言われたら、戦争中に、中国人が日本兵に怒鳴られるシーンと重なる人もいるでしょうね。中国人はメンツを大事にしますから、それを傷つけるような言葉は言わなでください。」
日中戦争を舞台にした中国の「抗日ドラマ」では、中国人民が空を飛んで、クルクル回りながら日本兵をぶっ倒すとか、非現実的なシーンが多々あるから、あきれる中国人も多い。
設定や時代考証もテキトーだ。ドラマで中国人が「抗日8年戦争の始まりだ!」と言うと、視聴者から「なんで8年後に終わると知ってんだよ」とツッコまれる。
しかし、日本では「抗日神ドラマ」と呼ばれ、コメディとして一部で喜ばれている。
中国ではこの抗日ドラマがよく放送されていて、「バカヤロー」のセリフは日本兵のキャラ設定のひとつでよく使われるから、自然に覚える中国人は多いらしい。
(2024年のいまは分からない。)
中国で出会った日本人の旅行者は別の形でそれを知った。
彼が宿でチェックインする時に日本のパスポートを見せると、フロントにいた中国人が、自分は少し日本語を知っていると言って、笑顔で「こんにちは」「ありがとう」「バカヤロー」と言ったから驚いたという。
この中国人は意味を知らなかったかもしれない。
日本人と中国人(や韓国人)にとって近代史は敏感な話題だから、あちこちに「地雷」が埋設されている。それを知らずに、踏んで爆発させる日本人は昔から絶えない。
それが個人的な失敗談に終わればいいが、それでは済まないこともある。
中国のホテルで見た抗日ドラマ
つい先日、日本の有名なアイドルグループが YouTubeチャンネルで、新曲のプロモーション映像を公開したと思ったら、すぐに見ることができなくなってしまった。
会社の説明によると、公開を停止した理由は「歴史的事象に対する配慮に欠ける部分」が含まれていたためとのこと。具体的には、映像の中で「岡村寧次」の名が刻まれた刀が出てきたからだ。
岡村寧次(やすじ)は旧日本軍の軍人で、日中戦争では司令官として軍を動かす立場にいて、とても“活躍”した。
視点をひっくり返して中国サイドから見ると、岡村は自軍を苦しめた侵略者になる。つまり、中国人にとっては絶対悪だ。
そんなことで、会社側は「不快な思いをされた方および映像を楽しみにされている皆様に深くおわび申し上げます」と日本語と中国語で謝罪した。
アイドルにとってイメージは決定的に重要だ。
さわやかな笑顔のイケメングループに、岡村寧次は絶対に合わない。プロモーション映像に旧日本軍の軍人が出てきたら、中国人を怒らせることは確実で、不買運動が始まる可能性も高い。
中国人(や韓国人)を相手に、日本刀に軍の司令官の名前があって「知りませんでした」は通じないし、タダでは済まない。
プロモーション映像を公開する前に、あとで後悔しないように複数の人が内容を確認しているはずなのに、こんな失敗をしてしまった。
ただ、その映像を見ると、「岡村寧次」の文字はかなり分かりにくい。「バカヤロ」も知識がなかったら、それが禁句と気づくのはかなりむずかしい。
それでも、中国人と接点のある日本人なら、近代史は地雷だらけということを理解しておいたほうがいい。
岡村 寧次(1884年 – 1966年)
彼の名誉のために書いとくと、岡村は中国で「焼く、犯す、殺す、奪う」という四悪の絶対禁止を命じた。
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