知り合いの外国人は日本に住んでいるにもかかわらず、日本のテレビ番組はスルーして韓国ドラマをよく見ている。すると、なかには「あれ? この言葉は聞いたことがあるぞ」という瞬間を感じる人がたまにいる。
たとえばバングラデシュ人の女性はある韓ドラを見ていて、俳優が「カバン」と言うのを聞いて「日本語のカバンと発音と意味が同じ!」とSNSで報告していた。
「カバン」の由来は、オランダ語のカバス(旅行カバンらしい)と言われている。
江戸時代にも道具袋はあったが、明治時代に西洋人がカバンを持ち込んで、日本で初めてカバンが作られるようになり、この言葉も広がっていった。
それが明治時代か日本統治時代(1910〜1945年)に朝鮮半島に伝わって定着し、現代の韓国人も日常生活で「가방(カバン)」という言葉をよく使っている。
衆議院議員だった荒川五郎が1906年に朝鮮半島を視察し、そこで見聞きしたことを『最近朝鮮事情』にまとめた。
当時の大韓帝国には多くの日本人がいて、首都・漢城(現ソウル)にはおよそ2000人が生活する“日本人街”があったという。そこには日本風の家屋が建てられ、日本人用の新聞も発行され、病院、写真館、湯屋、理髪店、呉服店、酒屋、和洋雑貨店などの店があり、日本の守備隊や警察、郵便局も設置されていた。
日本が韓国人に与えた影響は日増しに大きくなっていき、1903(明治36)年ごろにはコウモリ傘を持っている人はほとんどいなかったのに、明治37年には激変したと荒川は記している。
「山間部でも少し身分があるものは皆コウモリ傘を持つようになり、巻煙草やマッチ、石油などは著しく需要を増し、カバンや手提げ角燈、石鹸、日本鍋、火鉢なども朝鮮人に需要されるようになってきた。」
カバンは明治時代に西洋から日本へ伝わったもので、日本以上に厳しい「鎖国体制」をとっていた韓国にはそんな物はなく、日本からもたらされたと考えるのが自然。日本人がその新しい道具を「カバン」と呼んでいたから、それが韓国社会に浸透すると、韓国の人たちも同じように呼ぶようになったと思う。
ところで、「コウモリ傘」は韓国語でどう呼ぶのだろう?
また、荒川の記述によると、日本から新しい文物が伝わると同時に、現地の日本人が開いた日本語学校(開城学堂)で学ぶ韓国人もいた。
「韓人らも大いに喜び、彼らの一力で寄付して明治35年の春には立派な校舎を建築し、日本人が校長を務めまた監督も行い、また寄付尽力もあり盛んにやっている」
ただ、喜んで日本語を学んだ人もいれば、日本人が韓国にいることを嫌った人もいたし、当時の韓国人の思いはいろいろあって一つではない。
荒川 五郎(1865年 – 1944年)
開城学堂のような日本語学校の存在もあり、幕末・明治から日本統治時代までにさまざまな言葉が韓国に伝わって現地の言葉になった。
そんな“日本語氷山”の一角がこちら。
家族、注意、請願、交通、博士、倫理、想像、文明、芸術、古典、講義、医学、衛生、封建、作用、典型、抽象、野球、哲学、うどん、おでん、校歌、朝礼、科学、新聞
ここで注意点をひとつ。
韓国で日本時代の文物は一般的に「日帝残滓」として嫌われているから、こうした言葉の由来が日本語と知っても、きっとほとんどの人は親しみを感じない。特に、「ソウル」(現ソウル)という言葉には強い拒否感を感じる人が多い。
最近は、こんな日本語由来の言葉がターゲットにされた。
朝鮮日報コラム(2025/01/05)
「プレジデント」の日本語訳はどうして「大統領」になったのか
幕末にペリーが黒船を率いてやって来て、日本がアメリカと接触をもったころ、幕府の役人たちはアメリカのトップである「president(プレジデント)」という言葉に戸惑い、この英単語を「大統領」と訳した。
*当初はプレジデントを「国王」と訳そうとしたという説もある。
ちなみに、韓国では1882年の朝鮮政府がアメリカと条約を結んだ際、「プレジデント」の発音を漢字で「伯理璽天徳」と表した。しかし、日本の訳語のほうが良かったらしく、韓国はそちらを採用し、今の韓国憲法にも「大統領」という言葉が使われている。
中国を中心とする漢字文化圏の国の中で、大統領という言葉を使っている国は韓国と日本しかない。
韓国人としては、日本人が作った言葉を使うことには抵抗があったり、時代が変わったりしたことなどから、朝鮮日報のコラムでは「大統領」はもうやめて、こんな新しい呼び方を提案している。
「国家議長や国務議長と呼べばどうだろうか。日本が166年前に急造した大統領という言葉の沼にはまり、民主政と封建王朝の間で、韓国人だけがもがいている」
プレジデントの訳語としては国家議長でも国務議長でも、「伯理璽天徳」よりはマシな気がする。
ということで、庶民が日常的に使う「カバン」から大韓民国の「大統領」まで、韓国社会にある日本語由来の言葉を知ると、近代の日本が与えてきた影響の大きさを実感することができる。
おまけ
「プレジデント」を幕末の日本人が「大統領」と訳した理由について、朝鮮日報のコラムでは、「侍の頭目」という意味でも使われていた統領に「大」を付けたと説明しているが、これは違う。
幕府の役人たちは、選挙で選ばれた人物が国のトップになる民主主義のシステムを知らなかった。当時のフィルモア米大統領は町人出身だったから、「国王」と呼ぶわけにはいかない。では、町人のなかで偉いのは誰かという議論になり、「親方」という言葉が選ばれた。
しかし、これは「大工のかしら」を意味するから、アメリカのトップを表す言葉としては適切ではない。そこで「親方」を「統領」にグレードアップして、さらに「大」の文字を付けて敬意をマシマシにした。こうして「大統領」という言葉が生まれたとされる。
くわしいことは、日本経済新聞の記事に書いてある。(2012年11月6日)
「大統領」の語源は大工の棟梁 米国トップの訳語の秘密
韓国人「日本人は、謙虚ですね」 日韓の比較・考え方や社会の違い
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