もし外国人から、「日本とほかの国の違いは何だと思う?」と質問されたら、どう答えたようか?
中国人や韓国人も箸を使って食事をするし、タイ人やインド人も靴を脱いで家に入るから、これは日本の特徴ではあっても、外国との決定的な違いにはならない。
その質問に対する最適解の一つが「日本には天皇がいる」だ。
前にアメリカ人と話をしていて、「天皇は本当に特別な存在でしょ。だって、今の世界で、“エンペラー”と呼ぶことのできる人物は彼しかいないのだから」という彼女の言葉を聞いて、「そういう視点もあるのか」と目からウロコが落ちた。
かつては多くの国にエンペラーがいたけれど、彼らは歴史の中で消えていき、現在では日本にしか残っていない。時代の移り変わりを超越して存在する天皇は、世界から見ればラストエンペラーだ。
日本神話では、紀元前660年に初代天皇が即位したことになっている。現在までその系統が途切れていないことを理由として、天皇家はギネスで「世界最古の王朝」(Oldest ruling house)と認められた。
「Japan’s current emperor, Naruhito (b. 23 February 1960), is a direct descendant of Jimmu Tenno, whose reign was traditionally from 660 BCE to 581 BCE」
これは現在のギリシャに、ギリシャ神話の最高神の子孫が君主として存在しているようなものだ。しかも、そんな国がアメリカやフランスなどともに世界をリードする「G7」の一員なのだから、天皇の存在は日本と他国との決定的な違いになる。
日本が現在でも「天皇保有国」でいられる大きな要因には、環境に恵まれていることがある。
きょう1月9日は、1127年に中国で起きた「靖康の変」で、金によって北宋が滅ぼされた日(1月9日)。
金は女真族によって1115年に成立した国で、漢民族とは価値観や文化が違う。この金の軍勢は背筋が寒くなるほど強く、彼らが怒とうの勢いで南下し、首府開封を包囲すると、すぐにそこを落としてしまう。皇帝の欽宗や娘たち(皇女)は金に連行され、欽宗は中国に帰ることなくそこで死に、皇女たちは売春施設に入れられ“性奴隷”となった。
こうして、趙匡胤(ちょうきょういん)が960年に、文字通りクロウして建国した宋(北宋)は滅亡した。
しかし、宋はそう簡単には終わらず、ラウンド2があった。
欽宗の弟が生き残って、彼が皇帝(高宗)となって南宋を建国した。が、その南宋も1297年に、別の異民族の国であるモンゴル帝国によって地上から消された。
それから時は流れ、19世紀後半、中国(清朝)から外交官で知識人の黄 遵憲(こう じゅんけん)が日本へやってきた。
黄 遵憲(1848年 – 1905年)
彼は日本文化を初めて本格的に中国に紹介した中国人で、日中友好の架け橋となった。
明治時代に日本へやって来た黄は、日本と中国の違いについてこんな指摘をした。
日本は国として、大海の中に悠然と独立していて、他国とは隣接していない、〇〇神武事件以来、2500余年、1つの国でも他人に与えたことなく、一寸の国土を他人から得たこともない。日本が古代からずっと変わらずに、このようにできたのは、また奇になることである。
「文人外交官の明治日本 (柏書房) 張偉雄」
「神武事件」とは、ギネスに書いてあった神武天皇の即位のこと。
もし、日本が海に囲まれた島国ではなくて、大陸にあった国だったら、「靖康の変」のように異民族に滅ぼされ、皇帝や后、皇女たちが生き地獄に落とされていたかもしれない。その可能性の方が高く、日本が常に異民族を撃退して、2500余年も独立を守ることができたとは思えない。
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