うざい国がうざい理由・イスラム教のビジネスと平等の考えとは

 

はじめの一言

「衣服の簡素、家庭の整理、周囲の清潔、自然及びすべての自然物に対する愛、あっさりして魅力に富む芸術、挙動の礼儀正しさ、他人の感情に就いての思いやり・・・これ等は恵まれた階級の人々ばかりでなく、最も貧しい人々も持っている特質である(モース 明治時代)」

「日本賛辞の至言33撰 ごま書房」

 

 

今回の内容

・うざい国にはワケがある
・アッラーは「商売上手」の神様!?
・何でイスラーム教を欲したのか?

 

・うざい国にはワケがある

日本人旅行者の間で、インド・モロッコ・エジプトの3つの国が、「商売が強引で、しつこい」ということで、「世界三大うざい国」と言われているらしい。
で、この3つの「うざい国」を見て、気づいた。
これって、イスラーム圏の国じゃん。
ひょっとしたら、「うざい」ということとイスラム教の考え方には、何か関係があるんじゃないの?
ということで、イスラーム教とその関係を考えてみた。

 

前回の記事では、「うざい」とイスラーム教の「ザカート(喜捨)」の関係について書いた。
今回は、イスラーム教という宗教の特徴と「うざい」の関係について書いていく。

 

・イスラーム教の特徴「商売」

仏教・キリスト教・イスラーム教の世界宗教を比べたとき、イスラーム教には、とても「商売」の色が強いという特徴がある。
この3つの宗教を「始めた人」の職業を見ても、イスラーム教に商売(ビジネス)の影響があることが分かる。

 

キリストは、お父さんは大工だけど、本人はラビ(教師)。
「教師」といっても、もちろん、今の日本でいう「学校の先生」ではない。「宗教指導者」の意味になる。
シャカはインドの王子様で、カーストでいえば「クシャトリア」の人。

これらに対して、ムハンマドは商人だった。

アラビアの人びとは商売の民といわれますが、マホメットも12歳のころから商売で身をたてることを覚えます。
やがて豪商の未亡人に隊商貿易をまかされ、25歳のときに15歳も年上のその未亡人と結婚し、安定した生活と家庭に恵まれます

(「宗教」の読み方 かんき出版)

 

さらに、イスラーム教自体、商業都市で始まった「ビジネスライク」な宗教になる。

ムハンマド本人が商人で、イスラーム教を布教する相手にも、商人が多った。だから、イスラーム教の教えは、商人にも受け入れやすいものだったはず。

イスラーム教

7世紀前半、ムハンマドが創始した宗教。
原義はアラビア語で「身を委(ゆだ)ねること」、転じて「唯一神(アッラー)への絶対服従」を意味する。
アラブ人の征服活動とともにアラビア半島の外へ広がり、さらにムスリム商人の商業圏拡大ととも広がった。

(世界史用語集 山川出版)

 

イスラーム教の教えが仏教のように、「金が欲しいという欲望をなくすことが大事」というものだったら、「ムスリム商人の商業圏拡大ととも広が」ることはなかっただろう。

 

 

・「アッラー」は商売上手の神様

そんなビジネス色の強いイスラーム教の教えは、クルアーン(聖書:コーラン)にも表れている。

アッラーの美質の中には、何と「勘定高い」(表中では「計算」と示されている)という項目が掲げられている。
つまり、アッラーの神は商売上手の神様でもあるのだ。その証拠に、コーランの中には次のような言葉さえ出てくる。
「アッラーに素晴らしい貸付けをする者はいないか。何倍にしてもそれを返却して戴けるぞ」(二―二四六)

「イスラム原論 小室直樹」

 

こういう「商売上手」な考えは、イスラーム教に特徴的な考え方で、仏教やキリスト教には見られないという。

言葉を換えれば、これは‘天に投資を貯金せよ’ということである。
神様に投資をする、あるいは貸し付けるというという表現は、仏教はもとよりキリスト教やユダヤ教の中にも絶対、出てこない。しかしイスラムは、神のことを商売の論理で語る。

「イスラム原論 小室直樹」

 

ムハンマド自身が商人で、イスラーム教を信仰したアラビア半島の人たちにも商人が多かった。そんな商人から支持されるような考え方でなかったら、イスラーム教が広まることはなかったはず。
だから、イスラーム教では、金を稼ぐことを肯定的にとらえている。
少なくとも、仏教やキリスト教よりもこの考え方が強くあるはずで、これがイスラーム教が仏教やキリスト教との違いにもなっている。

 

商人の考え方に合うイスラーム教の特徴が、「商売が強引で、しつこい」という3大うざい国の気質に影響を与えているのでは?
そんなことを考えてみた。

 

・何で人々はイスラーム教を欲したのか?

何度も書いて申し訳ないたけど、ムハンマドがイスラーム教を人びとに伝えていた時代、アラビア半島には、商人がたくさんいた。
当然、ビジネスに成功した人もいれば失敗した人もいる。
当時は、金持ちもいれば貧しい人もいる貧富の差が激しい時代でもあった。
ちなみに、ムハンマドが活躍した時代は、6世紀で、ちょうど聖徳太子が活躍した時代と同じね。

 

ムハンマドは、商人だけにイスラーム教を広めようとしたわけではない。
当然、商人以外の人にも布教している。
6世紀のアラビア半島が、「格差社会」であったことで、イスラーム教の「平等」の考え方がたくさんの人びとの心をつかんだ。
この「平等」の考え方によって、イスラーム教がいろいろな層の人びとに広まったという。

 

そんなときに、ムハンマドが「アッラーの前には婦人、落伍者、貧民、奴隷するも平等であるという教えは、多くの信者をえました(「宗教」の読み方 かんき出版)」

 

インドで、人びとがシャカの説く仏教の教えを受け入れた理由の一つにも、仏教の説く平等の考え方がある
これが、多くのインド人の心をつかんだ。
当時のインドでは、ヒンドゥー教のカースト制度によって身分が固定されていた。当然、カーストの低い人は、苦しい生活をさせられていた。
そんなときに、「人はすべて平等です」というシャカの教えは、身分制度でつらい思いをしていた人には、救いに見えたのだろう。

 

宗教を広めことも、会社を大きくすることも同じ点があると思う。
その社会に生きる人々のニーズや思いを的確につかみとり、みんなが「欲しかった」物や考え方を提供するということ。

 

 

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今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。