「何を食べていいのか、いけないか?」
世界の国を見ると、そんな食文化は宗教によって決められていることが多い。
たとえば、イスラーム教では豚肉を食べることや酒を飲むことが禁止されている。
インドのヒンドゥー教徒は牛を食べることができない。
ユダヤ教徒の場合、チーズバーガーを食べることが禁止されている。
*ユダヤ教徒用につくられたチーズバーガーならいい。
タイや台湾では、仏教の観音信仰から牛肉を食べない人がたくさんいる。
仏教徒の日本人は多いけど、「宗教的な理由で牛肉を食べられません」という人なんて見たことがない。
こんな感じで世界の国では、宗教が食文化に大きな影響を与えていることがよくある。
でも日本の食文化はちょっと違っている。
歴史から見てみると、日本の食文化はけっこう変化している。
たとえば明治時代、日本人はカレーにカエルを入れていた。
平成の今ではそんな具材は考えられない。
今回は、そんな日本の食文化について書いていきたい。
日本の食文化に影響を与えているものは何だろう?
日本でも、宗教が食文化に影響を与えたことはある。
7世紀に(675年)には、天武天皇が「肉食禁止令」を出している。
*天武天皇は壬申の乱で大友皇子を倒した天皇。
『日本書紀』によると675年、天武天皇は仏教の立場から檻阱(落とし穴)や機槍(飛び出す槍)を使った狩猟を禁じた。また、農耕期間でもある4月から9月の間、牛、馬、犬、サル、鶏を食することが禁止された。
「ウィキペディア」
「仏教の立場から」と書いてあるように、この肉食禁止令の背後には不殺生という仏教の考え方がある。
この勅語(天皇の命令)から、日本人は肉を食べなくなった。
・・・というわけでもない。
むかしはそんなことが言われていたけれど、この令が出た後も日本人はけっこう肉を食べていたらしい。
「食肉なんでも大図鑑」から。
この肉食禁止令により奈良時代以降は日本では肉を食べなくなったというのが、これまでの通説でした。しかし最近になって、実際には盛んに肉を食べていたことが、広島県福山市の草戸千軒遺跡の発掘調査などから明らかにされています。
そもそも江戸時代、日本人は犬を食べていた。
かつて江戸では武家も町方も、下々の食べ物として犬にまさるものはなく、とくに冬場は犬をみかけしだいに殺して食べていたという(大道寺友山『落穂集』)。
会津藩の江戸屋敷で奉公人たちが犬喰いをしていた話も残っている。
「詳細 日本史研究 (山川出版)」
将軍・徳川綱吉が生類憐みの令で「犬を食べるな!」と言ったことから、日本から犬を食べる習慣は消えていく。
今の中国・台湾・韓国では犬を食べる食文化があるけど、日本にはない。
綱吉の生類憐みの令が日本の食文化を変えたから。
ただし特に犬を保護したことについての影響は後世まで残り、中国や朝鮮半島で犬肉が一般的な食材になっている一方で、日本では現代に至るまで犬肉は一般的な食材と看做されなくなった。
「ウィキペディア」
江戸時代の日本では、一般的に動物の肉を食べることはなかった。
それでも「肉食がまったくなかった」というわけでもない。
この看板は江戸にあった猪肉の店(ウィキペディアから)。
「山くじら」とは猪のこと。
日本に「肉食革命」が起きたのは1872年(明治5年)のとき。
この年に明治天皇が牛肉を召し上がった。
このことが国民に知れわたって、日本に牛食が広がっていく。
岡山畜産便り2002年4月号から。
明治5年1月24日には,明治天皇は大膳職に命じられて,初めて牛肉を試食され,これが新聞に大きく報道された。
「我ガ朝ニテハ,中古以来肉食ヲ禁ジラレシニ,恐レ多クモ天皇謂レナキ儀ニ思召シ,自今肉食ヲ遊バサル旨宮中ニテ御定コレアリタリ」
「おそれおおくも天皇陛下が牛肉を召し上がった!」ということを多くの日本人が知る。
それで肉食は日本全国に普及していく。
先ほど「明治時代、日本人はカレーにカエルを入れていた」と書いた。
そんなカレーの作り方が書いてある「西洋料理指南」が出たのも明治5年のときだ。
「鶏 にわとり 海老 えび 、鯛 たい 、蠣 かき 、赤蛙等ノモノヲ入テ能 よ ク煮 にて 後 のち 「カレー」ノ粉 こな 一匙 さじ ヲ入煮ル
西洋料理指南は、日本で初めて西洋料理の作り方を紹介した本。
クックパッドはこの延長にある。
意外なことに、お寿司のトロを食べるようになったのも最近のことだ。
今ではすしネタナンバーワンであるマグロさえ、江戸時代には食べられることはめったになかった。色が赤く、血のにおいがするので敬遠されていたのだ。
トロだって、高級食材として賞賛されはじめたのは、ここ数十年のこと。それまでは「こんな脂身は猫も食わない」と、捨て去られていたのである。「世界寄食大全 杉浦光徳(文春新書)」
歴史を見ると、日本人の食文化は何回も変化していることがわかる。
この理由はなにか?
世界の国と比べて、日本では宗教が食文化に与える影響が小さかったことはあるだろう。
宗教で何を食べるか決まっていたら、それはもう変えられない。
神の教えを人間が変えてしまうことはできない。
解釈を変えることならできる。
日本の食文化の変化を見てみると、宗教よりも天皇の影響力の方が大きいだろう。
歴史エッセイストの堀江宏樹氏がこう書いている。
675年、天武天皇が最初の「肉食禁止令」を出して以来、明治天皇が1872年1月1日にみずから牛肉を食べて見せるまで、なんと約1200年の長きにわたり、日本では肉食はNGだったのですから!
この文を読むと、日本で肉食がなくなったことや肉食が始まったことに決定的な影響を与えたのは天皇だったということがわかる。
イスラーム教徒やキリスト教徒の場合、「何をしていい/いけない」の行動の基準は聖書(バイブル・クルアーン)の内容になる。
日本人の場合、それが天皇なんだろう。
「天皇陛下が牛肉を召し上がった!」ということを一般の日本人が知って、肉食は日本全国に広がっていった。
「天皇がしたことなら、自分もやっていいはず」という感覚は、今の日本人も分かると思う。
前に昆虫食について書いた。
国連では昆虫食を世界の国にすすめているけど、今の日本では昆虫を食べる習慣はない。
虫を食べることに、強い抵抗を感じる人は多いはず。
ボクもカンボジアでクモを食べることができなかった。
でも、天皇陛下や皇族の方々が昆虫を召し上がって、その様子がテレビや新聞で紹介されたらどうだろう?
明治時代に牛食が広まったように、昆虫食もそうなるかもしれない。
「天皇陛下が昆虫を召し上がるなんて!」と思うかもしれないけど、明治の日本人にとっては明治天皇が牛肉を召し上がったことはかなりショッキングなことだったと思う。
日本の場合、食文化の変化に影響を与えていたのは宗教よりも天皇だ。
日本の食文化の変化を見るとそう思う。
カンボジアのクモのフライ
ちなみに、最後の将軍・徳川慶喜は豚肉が大好きだった。
そのことから、慶喜が「豚一さま」と呼ばれていただけ。
茨城県立歴史館のホームページから。
愛称とは言えないが,豚肉を好んで食べたところから「豚一(とんいち)様」と呼ばれた。
でも、豚一様が日本の食文化を変えることはなかった。
おまけ
明治の日本人はカエルカレーを食べていた。
平成の今、日本人はカエルを食べることができるのか?
これを見て考えてみよう。
神田敬太さんという旅行者の動画から。
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