米軍「中国の核ミサイル基地?」いえ、福建省の土楼は倭寇と戦うため!

 

はじめの一言

「金持ちは高ぶらず、貧乏人は卑下しない。・・ほんものの平等精神、われわれはみな同じ人間だと心底から信じる心が、社会の隅々まで浸透しているのである
(チェンバレン 江戸時代)

「逝きし日の面影 平凡社」

 

まずはこの写真を見てほしい。

P1030077

 

これは、中国にある土楼(どろう)という巨大な家。

客家(はっか)と呼ばれる人たちが建てた集合住宅で、この土楼には外国人も泊まることができる。
あ、今は分からないけど。

ボクが泊った土楼には、かつて400人もの人たちが住んでいたらしい。
一泊500円ぐらいだったかな。

 

ボクが行ったのは福建(ふっけん)省にある土楼で、「福建土楼」と言われているもの。
サントリーのウーロン茶で有名な福建省。
この土楼は世界遺産に登録されている。

ふっけんのどろう【福建の土楼】

客家(ハッカ)と呼ばれる人々の集合住宅であることから、「客家土楼」ともいう。

また、円形のものは「円楼」、四角形のものは「方楼」と呼ばれる。外側を土壁で覆った、外から侵入しにくい構造の独特の建築物で、1~2階の外側には大きな窓はなく、また、入り口は通常1つで、外部と厳重に仕切られている。

1階は台所(厨房)や食堂、2階は食料などの倉庫、3階以上が居室になっている。

(世界遺産詳解の解説)

ついでに客家出身の有名人をあげとこうかな。
世界史で習う人たちだし。

太平天国の指導者「洪秀全」、辛亥革命を起こして清を倒した「孫文」、今の中国をつくった「鄧小平」などがいる。

 

 

さて、福建省の中国人は、なんで土楼という化け物のような住居をつくろうと思ったのか?

じつはそれには、日本人が関係している。
今回の記事は、そんな話。

前回、北虜南倭(ほくりょなんわ)について、ちょっと書いた。
これは明(中国)を滅ぼす原因ともなったできごと。

16世紀に明にとって大きな脅威となった外部勢力の侵入をあわせて北虜南倭という。

この両面からの外患は、明にとって頭の痛いことであり、その犠牲も大きく、対策には莫大な費用がかかり、財政を圧迫した。ひいては明の衰退の原因となっていった。

(世界史の窓)

・北虜(ほくりょ)とは、モンゴル人に攻撃されたこと。

これが世界史の「土木の変」というできごと。
このとき明の皇帝(英宗)は、モンゴル軍に捕まってモンゴルの地に連行されてしまう。
歴代の中国の皇帝のなかで、野戦で敵軍に捕まったという不名誉な記録をもつのは、この英宗だけ。

 

・「南倭」の倭は、日本のこと。

つまり「南倭」とは、倭寇(わこう)が暴れまわったことをさす。

倭寇

13~16世紀、朝鮮・中国沿岸で米・人間などを略奪したり、密貿易を行なったりした武装集団

(日本史用語集 山川出版)

学校で、「倭寇とは、日本人の海賊のこと」と習った人もいると思う。

でも、必ずしもそうではない。中国人が日本人の姿や恰好をまねして、日本人に見せていたことがあった。

十三世紀から十六世紀にかけて、朝鮮や中国の沿海を荒らした日本の海賊は、「倭寇」としておそれられた。倭とは日本人のことで、これはめっぽう強いのである。

ー倭寇だぞォ!

といえば、住民はおろか、官兵まで戦わずに逃げたという。ところが、中国側の史書にもあるように、

ー真倭(ほんとうの日本人)は十人に一人にすぎず。

であった。
大部分は、中国人が(中略)にせ日本人だったのである。ちょんまけを見れば、むこうは逃げてくれるから、この変装はこたえられない。

「日本的 中国的 (陳舜臣)」

 

倭寇には、「前期倭寇」と「後期倭寇」の2つに分けられる。
「南倭」の倭寇は後期倭寇のことで、このときは日本人より中国人のほうが多かったのだ。

後期倭寇

勘合貿易が廃絶した16世紀半ば、明の海禁策に反して中国南部で密貿易を行なった武装貿易集団。
構成員に日本人は少なく、大部分は中国人であった。

(日本史用語集 山川出版)

さらに知りたかったら、「王直」をみてほしい。

 

中国南部を暴れまわった倭寇を取り締まったのが、豊臣秀吉。

豊臣秀吉の海賊取締令で衰退した

(日本史用語集 山川出版)

それに、倭寇には日本人・朝鮮人・中国人がいたけど、それだけじゃない。
なんとポルトガル人までもいた。

「ポルトガル人の倭寇」なんて、知ってた?
倭寇とは、多国籍集団だったのだよ。

 

 

ここで話を冒頭の土楼に戻す。

なんのために福建省の中国人は、こんな巨大な家を建てたのか?

なぜ、こんな要塞のような住居を建てないといけなかったのか?

 

その理由の1つが、倭寇から身を守るためだった。

これは中国語のサイトだけど、漢字だからちょっとは意味が分かる。
推測してみて。

土楼的起源与土楼的防御作用

抵抗倭寇
倭寇入侵时
倭寇入侵闽浙

「土楼的起源与土楼的防御作用」は、「土楼の起源は、防御のため」というところだろう。

つまり、倭寇の襲撃を防ぐために、こうした土楼が建てられたということ。
それが次に書いてある。

「抵抗倭寇・倭寇入侵时・倭寇入侵闽浙」は、「倭寇に抵抗した・倭寇が侵入した時」という感じだろう。

 

ときどき、中国人はすごいと思う。

北のモンゴル族から国を守るために、万里の長城を築いた。
そして民間でも、倭寇から一族を守るためにこんな土楼をつくったのだ。
この土楼は、アメリカ人の想像をはるかに越えていた。

かつてアメリカ軍の衛星に発見され「中国の核ミサイル施設ではないか?」と誤爆されそうになったという話もあります。

福建土楼

アメリカ軍に「核ミサイル基地」と思わせてしまう土楼、恐るべし。

 

土楼の動画。

 

 

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今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。