日本のコンビニで働く外国人店員の思い「客は神様じゃねえ」

 

新型コロナウイルスが「全国展開」してやがるせいで、マスクやティッシュペーパーなどの需要と供給のバランスが崩壊してしまった。
ドラッグストアやスーパーに行っても、売れ切れ続出でなかなか見つからない。
「せっかく来たのに手に入らない!」という消費者の怒りをモロにくらっているのがドラッグストアの店員さんだった。

それである店員さんが「コロナよりも怖いのは人間だった」とツイートで投稿したところ、同じような立場の人たちから「共感しかない」という声が続々と寄せられて、BuzzFeed Japanがそれを記事(3/1)にした。

「コロナよりも怖いのは人間だった」。ドラッグストアの店員が語る恐怖の体験

 

マスクの在庫がないのは事実だけど、トイレットペーパーやティッシュペーパーは十分にあるのだけど、ネットのデマを信じた人がそれらペーパー類や生理用品に紙オムツまでも大量買いするから、店の商品棚は空っぽになる事態が全国で続出している。

それで店員は客から「マスクの入荷はいつ?」と聞かれるのはまだいいとしても、「いつもないじゃない!」と怒られたり、「病人がいていつも買えないのに、1個くらい取り置きしてよ!」と無茶な要求をされる。
そのたびに「すみません」「申し訳ございません」と頭を下げることの繰り返しで、もう心身ともに疲れ果てたという。

この店員のツイートには「今まで笑顔だったお客様が、全員鬼に見えます」、「正直、ノイローゼ気味です。」とある。
いままでは優しかった人もいまは殺気立っていて、店員にイライラをぶつけてくるとか。

こんなことでドラッグストア店員としては、コロナよりも人間が怖いと訴える。
いまこういう店員さんが全国にいるはずだ。

でもネットの声を見ると「現場はきついわなあ」という同情は少数で、厳しい目を向ける人が多い。

・おセンチになってる場合か!
・家族の生命がかかってんだからピリピリもするわ
・つか、こんなん会社の上のほうに文句言えよ
・毎日毎日、値札を付け替える店員が怖い
・毎日午前中に買い尽くされるのが続くのは困る

 

マスクは別として、トイレットペーパーや紙おむつが品薄なんてデマ情報だから、そんなものに流されてはいけない。
でもやっぱり、こんな棚を見て不安に思ったあとに他の店で品物があったら、とりあえずたくさん買ってしまうのだろう。
それで空になった棚を見た別の消費者が…の無限ループがいま日本で起きている。

 

 

日本にいる外国人学生でコンビニのバイトをする人はたくさんいて、いままでにそんな外国人店員から、仕事の辛さについて話を聞いたことがある。
ちなみにボクが会った外国人店員は、インドネシア人・ベトナム人・インド人・スリランカ人・ミャンマー人のアジア人ばかりで、いまのところは欧米人はひとりもいない。

両親が中国人という中国系ミャンマー人の場合はレジで50代ほどの男性客から、「おまえは中国人か?」とにらまれて少し怖い思いをした。
「いえ、ミャンマー人です」と答えると「ならいい」と客は笑顔になって、「中国人だったら、ここでは買わないつもりだった」とサラリと差別的なことを言ったあとに、「ところでミャンマーってどこだ?」と聞かれて話がはずんだという。

でもこんなことは例外で、このミャンマー人もふくめて上の外国人は、日本では店員の立場が弱すぎることにもれなく不満を持っていた。
店長からは「日本では、お客様は神様という言葉がある。だから丁寧に接客するように」と指導されるから、客から何も言われても「すみません」「申し訳ございません」とひたすら頭を下げないといけない。

あるとき客から時間指定で「このゴルフクラブを宅急便で送ってほしい」と言われたスリランカ人の店員は、慣れないシステムや複雑な日本語に悪戦苦闘していたら、「早くやれよ!」と怒られて心の中でブチ切れた。
スリランカ人の感覚だと飲み物やお菓子を売っているような店で、宅急便のサービスもあるというのは考えられない。

日本のコンビニは本当に便利で、何でもやっているから(いまどきファックスのサービスがあるなんて!と驚くインド人もいた)、それをおぼえるのは大変だし、その上で母国ならファーストクラスと言えるほどのサービスを要求される。

「客が“神様”なんて考え方は存在しない」とどの外国人も口をそろえて言っていた。
イスラーム教にとって神とはアッラーだけで、同じムスリム(イスラーム教徒)は仲間という意識が強いとインドネシア人は言う。
客と神はまったく別で、毎日神様に祈っていると、神様が店に客を連れてきてくれるとヒンドゥー教徒のインド人は言う。

もちろん客は大切だけど、店員との間に大きな立場の違いはない。
だから無茶なことを言う客がいたら、「それはでここではきない。他の店へ行ってくれ」と言い返したり、時には「ふざけるな!」と口ケンカも辞さない。
あまりにもえらそうな客がいたら「おまえは何様だ。オレは召使じゃない」と言えるけど、客=神というサービス信仰のある日本ではそれをやったら職をうしなう。

そういう外国人がいまドラッグストアの店員をしていたら、きっとネームプレートを床にたたきつけている。

 

 

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11 件のコメント

  • この記述では、コンビニバイトの外国人に全然同情する気になれませんね。
    >このミャンマー人もふくめて上の外国人は、日本では店員の立場が弱すぎることにもれなく不満を持っていた。
    それが日本の商習慣なんだから仕方がない。そんなことに不満があるなら他のバイトを探しなさい。
    >あるとき客から時間指定で「このゴルフクラブを宅急便で送ってほしい」と言われたスリランカ人の店員は、慣れないシステムや複雑な日本語に悪戦苦闘していたら、「早くやれよ!」と怒られて心の中でブチ切れた。
    十分なスキルを身に付けないまま、店頭で働いている方が悪いでしょ。システムを使えないようじゃ、働く資格はないですよ。外国人だろうが、日本人だろうが、客が怒るのは当然だ。
    >スリランカ人の感覚だと飲み物やお菓子を売っているような店で、宅急便のサービスもあるというのは考えられない。
    それが不満だったら、スリランカへ帰ることですね。だってここは、日本のコンビニですよ。
    >「客が“神様”なんて考え方は存在しない」とどの外国人も口をそろえて言っていた。
    その考え方は日本には存在するというのが現実です。それが嫌なら仕事を変更するか、自国へ帰りなさい。そもそも学生なんだからバイトであっても働くのは例外的な許可だということを忘れないように。
    >あまりにもえらそうな客がいたら「おまえは何様だ。オレは召使じゃない」と言えるけど、客=神というサービス信仰のある日本ではそれをやったら職をうしなう。
    その通りです。
    それが嫌なら、別の仕事を探すか、国へ帰ることですね。

  • お客様は神様というのは店側の心構えの話で、本来、客と店は対等の取引相手なんですがね。
    なんで店に対してそこまで居丈高になれるのか、常々疑問に思っています。
    それにしても情報の信憑性を評価する事もせずに、自分さえ良ければ他が困っても構わないとばかりに買い占めに走って、手の入らないと喚き散らす、浅ましいというか醜いというか、餓鬼道か畜生道の亡者のような振る舞いには呆れます。

  • ここは日本ですから、日本人でも外国人でも日本の価値観(=憲法)の範囲内で自由に意見を言うことができますよ。
    内容は違っていても、本人にとってはそれぞれ正しいです。

  • 自分が店員の側に立てば分かると思うのですけどね。
    日本のサービスはとてもいいのですけど、かえってそれで「カン違い」する人は多いでしょう。
    海外の店では客と店がもっと対等です。

  • 日本のコンビニ店員は勤務中にスマホをいじるのは言語道断ですが、海外のコンビニ店員は割と普通だそうです。

    紛れもなくバイトテロが原因です。
    日本独自の「お客様は神様」の賜物かもしれません。

  • 店員がスマホをいじるのは、韓国でよく見て驚きました。
    最低限の仕事をして、客が目の前にいなかったらスマホでもおしゃべりでも好きなことをしていいというのが海外では多くて、日本はスペシャルでしょう。

  • 商品やサービスを買ってくれる客が神様なら商品やサービスを提供してくれる店側も神様ですよね
    お互いがお互いを神様だと思えば尊重しあえていいと思います。
    商品やサービスが飽和状態なのでお金を払う客が偉いように感じられるのかもしれませんが、そもそも商品を提供する人がいるから買うことができるので、お互い対等なはずです。
    その上で買ってくれたことに店員は感謝し、提供してくれたことにお客は感謝する精神を持ってほしいです。

  • そうです。同じ人間で基本は対等なんです。
    土下座を強要するのは例外としても、店員に上から目線で接するのを当然とおもう人は多い気がします。
    外国人の話を聞いたり、海外へ行くともっと対等ですね。
    これには良い面も悪い面もありますが。

  • >ここは日本ですから、日本人でも外国人でも日本の価値観(=憲法)の範囲内で自由に意見を言うことができますよ。

    あっはっはー、その通りです。
    元コメントをよく読んでみてくださいな。どこにも「外国人は意見を言うな」とは書いてない。書いてあるのは、「そんな意見が本心であるならば、自国へ帰る方がいいのでは?」という提案です。
    それなのに、他人の言い分を歪めて捉え無理な反論をするのは、ブログ主が心の拠り所としているであろう「日本の価値観(=憲法)」の考え方にも反する行いではないですか? しょせんは左翼思想老人の弟子であれば、そのような考え方しかできないだろうことは理解できますが。

    左翼思想とキリスト教思想に傾倒しているブログ主が、欧米の顕教的聖典(聖書やコーランなど)に代わり得る心の拠り所として日本国憲法(!)を求めたがる心情は、まあ、理解できます。が、しょせん(←この言い方ちょっと多すぎかな)日本国憲法は米国GHQが草案を作ったものであり、戦後の民主的日本国の体制を構築するという目的を有する非常に人工的な文書にすぎません。日本人の伝統的価値観とはあまり合致するとこがない。合致するのは天皇制くらいか?
    本当に日本人の価値観の根本をなすものであろうとするなら、自分で常にその価値と正当性を自問自答しつつ考えて、必要であれば、「現在形が不完全であれば改正も辞さない」という覚悟で憲法をブラッシュアップしていく意識が必要なのでは?

  • 憲法を変える/変えないについては右左に分かれますが、守ることについては日本人の義務です。

    >左翼思想とキリスト教思想に傾倒している
    これは初耳です。
    どうしてそう思ったのでしょうか。

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    今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。