阿修羅と修羅・阿弥陀と弥陀、阿を取るのは“かわいくなる”から

 

仏教大国の日本に仏像がいくつあるのか見当もつかないけど、国民にアンケートをして人気の仏像ランキングをきめるとしてたら、そのトップ3にはきっと興福寺の武神・阿修羅像が入っている。

 

 

で、この白いゾウに乗った赤い神さま見たことありますか?

 

 

これはインド神話にでてくる雷神・軍神のインドラ(仏教では帝釈天)で、巨大なヘビの化け物「ヴリトラ」を倒した物語で有名だ。
浅草の帝釈天もルーツをたどるとこの神に行きつく。

比類ない強さを誇り、「神々の王」とも呼ばれるこの英雄神は、日本ではゲームのパズドラに出てくるから(ヴリトラも)そこで見た人は多いと思う。

くわしいことはこの記事をどうぞ。

ヒンドゥー教の軍神インドラ:インド人と日本人の見方

 

武田信玄と上杉謙信、ケンシロウとラオウみたいに、歴史でもアニメでも「好敵手」がいると話が盛り上がるのはどこの世界でも同じ。
中二病的には「強敵」と書いて「とも」と呼ぶような。

バラモン教の最高神でインド神話では最強の神インドラに戦いをいどみ、ほぼ互角に渡り合ったのが殺りくの武神・阿修羅で、その激しさや攻撃力の高さは神々の中でも飛びぬけている。

インド神話では分からないけど、日本の漫画やアニメで阿修羅といえば「無慈悲」の象徴で、登場人物が「オレは修羅になる」とか「これから修羅の道を行く」と言うときは、目的を果たすためには人間としての感情を捨てて、どんな残酷なことでも躊躇なくするといった意味になる。

実際の阿修羅は帝釈天(インドラ)をトップとする神々と戦う悪神だったけど、心を入れかえて仏教に帰依してからは帝釈天と同じく仏法の守護者となった。
強敵が「とも」になった瞬間だ。

 

興福寺の阿修羅像が合掌をしているのは、仏に帰依したことを表す。

 

さてこの阿修羅、先ほどのように「修羅」と呼ばれることもあるのだけど、「阿」が省略される理由は知ってましたか?

語源をみると、阿修羅は古代インドの言語サンクリットの「asu(命)」と「ra(与える)」からなる「asura(アスラ)」に由来し、のちに「a」が否定語(not)、「sura」は天と解釈されて「非天(非天神)」などと訳される「神への反逆者」となった。
このへんについて詳しくは、語源由来辞典の「阿修羅」をどうぞ。

だから言葉的には「阿(a)」を省略すると別の意味になってしまうけど、実際には「阿修羅」と「修羅」の二種類の呼び方がある。
この理由が今回のテーマ。

 

中国・敦煌の壁画に絵かれた阿修羅(6世紀)
右上が風神、左上は雷神

 

その答えは、サンスクリット語の「a」ではなくて中国語の「阿」の意味を考えると見えてくる。

白水社の中国語辞典には「阿」の意味として、「幼名・姓・親族名・兄弟姉妹の順序を示す語の前に用い,親しみの気持ちを加えて)…さん,…ちゃん」という接頭語と外来語「a」の音訳が載っている。

前者は日本語でいう「ちゃん・さん」で、中国語では親しみをこめて相手を呼ぶときにこの接頭語を付けるのだ。
例えば「宝」というかわいい女の子は阿宝(宝ちゃん)、ご近所のおじさん「張」には阿張(張さん)といった具合。

オマケに書くと、安土桃山時代にかぶき踊りを始めた女芸人・出雲阿国(いずものおくに)の「阿」もこの意味。(接頭語)
このかぶき踊りが現在の歌舞伎になったといわれるから、出雲阿国を歌舞伎の創始者と呼ぶこともある。

 

出雲阿国
「出雲のお国さん」といった感じか?

 

「阿」はカタカナの「ア」と同じで、中国語では「a」と発音する外来語に「阿」があてられるから、アフリカは「阿弗利加」、アヘンは「阿片」、アラジンは「阿拉丁」、アラー(イスラムの神)は「阿拉」となる。

ということで、「~ちゃん」の接頭語と「a」の音訳語を同時に考えるとどうなるか?

英雄神インドラに匹敵する力を持つ、破壊と殺りくの鬼神を「阿修羅」と表現することには、中国人の感覚としてこんな違和感があったようだ。

中国において「阿」の文字が名の接頭辞(日本でいう「○○ちゃん」、また1文字の女性名に添えられる「お」に該当する)と同じ表現であることからか、「修羅」とも呼ばれる。

アスラ

 

阿修羅だと「修羅ちゃん」や「修羅さん」というかわいいニュアンスになってしまうから、「修羅」と省略されることがある。
たしかに無慈悲の戦闘神にちゃん付け、さん付けはふさわしくない。
「邪神ちゃん」みたいな女の子キャラならきっとOK。
ちなみに、諸星大二郎のまんが「諸怪志異単」に出てくる阿鬼は「おばけちゃん」という意味。

ただ、いまのところ文献が見つかっていないから、「阿」が省略される理由は正確には分かっていない。
でも、「阿修羅だとかわいくなるから、「阿」を取って「修羅」にしてみました説」は、確定した歴史的事実ではないけど有力な説とは言える。

この逆が魯迅の作品「阿Q正伝」で、親しみを強調するため魯迅は「Q」に「阿」を加えた。

『阿Q正伝』は阿Qの情けない人物像にもかかわらず、「Qちゃんの伝記」といった意味になる。

阿Q正伝#阿Qの意味

香港の歌手で女優のシャーリーン・チョイ(蔡卓妍)
彼女の愛称「阿Sa」を日本語にしたら「サちゃん」か?
見た目だけなら出雲阿国の完敗。

 

中国語では「阿弗利加」、「阿片」、「阿拉丁」などで「阿」を省略することはないけど、仏教関連の言葉ではよくあるのだ。
阿修羅のほかにも「阿弥陀」を弥陀、「阿羅漢」を羅漢と書くのは、絶対的な存在で崇拝の対象を「ちゃん、さん」と呼ぶのは失礼で不敬と感じたから、阿を取っ払ったのだろう。

 

十六羅漢像

 

カンボジア・アンコールワットの壁画に描かれたアスラ(阿修羅)

 

では現代の中国人が「阿修羅」という文字を見たら、「修羅ちゃん」みたいなかわいい違和感を感じるのだろうか?
中国語のわかる日本人と中国人が集まるSNSグループに質問してみたら、こんな答えが返ってきた。
*中国語で修羅は「修罗」。

〇日本人の意見

・仏教が中国でも結構流行しているので、阿修羅という単語もよく見られるです、だから阿修羅を見たとしても可笑しくはないと思います。

・ありませんね。二文字の場合なら「ちゃん」の意味があるかも知れません。例えば、阿母、阿公、阿三など。二文字以上の場合では、「阿」をつけても、ちゃんの意味がありません。

・全然違和感ありませんよ
阿弥陀仏も同じです。
ただの外来語ですから

 

〇中国人の意見

・詳しくないですが、asura発音のままだと思います。

・私の経験だと、阿を「~ちゃん」と使われてるのは広東地域、台湾が多い気がする。他の地方はあんまり使わないらしいです。

・阿修羅というのはサンスクリット語からの音訳語と誰でもわかっており、特に誰かの愛称とか、違和感とか感じないものです。

・修羅は阿修羅の略称なので、違いは感じません。

・質問に対して、まず結論からいうと、僕は今まで特に「阿修羅」という名称に違和感などを感じたことはありませんでした。
でも、確かにおっしゃったように、中国語では、「阿」を「〜ちゃん」で捉えることもけっこうあります。
「修羅」という表現も確かにありますが、たぶん多くの中国人はそれが「阿修羅」の略称だと考えていると思います。
ロジック的には、まず「阿修羅」という名称が存在し、その後「修羅」という略称が生まれたので、「阿修羅」を「修羅ちゃん」で捉える人はあまりいないと思います。

・修罗本意指什么我不清楚,不过以语境而言,中国文化解释为热爱杀戮的战神比较合适…属于邪神,但也有可敬之处…
(たぶんこんな意味)
修羅の意味はハッキリ分かりませんが、中国文化の解釈では殺害が好きな戦争の神が適しています… 邪神ですが、敬意もあります…

・阿Q的阿,是中国语意,和阿姨的阿同类,表邻里亲近感
(たぶんこんな意味)
阿Qの阿は中国語で、おばちゃんや近所の人みたいな親しみを感じる。

 

ということでいまの中国人は「阿修羅」を「asura」の音訳でひとつの単語として見ているから、特に違和感は感じないようだ。

 

 

仏教 目次

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ヒンドゥー教・カースト制度 「目次」

日本人の宗教観(神道・仏教)

【世界よ、これが日本の仏教だ】中国人とイギリス人に衝撃!

 

2 件のコメント

  • 「阿」のつく名前というと、三国志で、劉備玄徳の王子劉禅の幼名「阿斗」を思い出します。
    幼い頃、曹操との戦いの最中に追手をかけられた際、父劉備の忠実な部下であり勇猛な武将でもあった趙雲子龍によって、母親をやむなく犠牲にしてまで九死に一生を得た。にもかかわらず、劉備の後を継いで蜀の二代目皇帝にはなったものの、結局、蜀の国を滅ぼした。「総領の甚六」「ダメ息子」という表現がぴったしな人物です。
    まあ、劉備の時代とは周囲の人物が違いすぎていて、やむを得なかったとも言えるが。優れた人物を引きつけるだけの人徳・魅力が父親ほどには到底なかったのでしょう。

  • 「阿斗」っていましたね。
    幼名ですから、「斗ちゃん」といった意味かもしれません。
    父親が偉大過ぎたのが凡庸か愚昧な人物だった印象があります。

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    今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。