ベトナムの国民的英雄&テロリスト「ヴォー・ティ・サウ」

 

最近、ベトナムで英雄視されている「ヴォー・ティ・サウ」という人物を知った。
こういう人は日本の歴史にはいないですね~。

 

ヴォー・ティ・サウ(ベトナム語:Võ Thị Sáu:1933年 – 1952年)

 

亡くなった年からわかるように、ヴォー・ティ・サウは19歳でこの世とサヨナラした。
彼女が生きていたころのベトナムはフランスの植民地で(この間、日本もやってきた)、フランス支配に対する抵抗運動が各地で行われていた。

その中心となった独立運動組織が、1941年にホー・チ・ミンが主席となって結成されたベトミン(ベトナム独立同盟会:越盟)で、ヴォー・ティ・サウもベトミンと同じようにフランスからの独立を目指し、文字どおりその身と魂を捧げる。

具体的にはゲリラ活動で、彼女は14歳のときに市場でフランス兵に向けて手榴弾を投げ、その隊長を殺害して12人を負傷させた。
そのあと1949年にも、仲間のベトミンを処刑したベトナム人の地方長官に手榴弾を投げるものの、手榴弾が爆発せず失敗し、フランスに逮捕されたヴォー・ティ・サウはコンソン島にあった刑務所に運ばれ、そこで20歳になる直前の1952年に処刑された。

ホー・チ・ミンを国父とする現在のベトナムはベトミンが中心となって建てられた国だから、祖国のために命を失ったヴォー・ティ・サウは国民的英雄と称えられ、いまでも多くの国民がコンソン島にある彼女の墓に来て手を合わせるという。

日本には異民族に支配された歴史がないから、こういう「英雄」はいない。
韓国人ならきっと柳寛順(ユ・グァンスン)を連想するはずだ。

 

フランス植民地時代を描いた絵
民衆が土台(犠牲)となって、頂点にフランス人がふんぞり返っている。

くわしいことはここをクリック。

フランスの文明的使命を正面に掲げ、教育の普及[や富の増大、医療救済制度の充実、現地人の公務員採用などを通じて「精神の平定化」を目指す協同政策に転換した。

フランス領インドシナ

 

そんなヴォー・ティ・サウについて知りたいと思って、ネットを見てみたところ、ベトナム在住の日本人のこんな書き込みを見つけた。

・ベトナムには彼女の名前を付けた通りがある。
・ベトナムのジャンヌ・ダルクと呼ばれて尊敬されている。
・彼女はベトナム国歌を歌いながらフランス軍に銃殺された。
・小学校に彼女が処刑される場面の絵があった。

またある日本語ペラペラのベトナム人はこう言う。

・ヴォー・ティ・サウは、国民英雄として知られて、ベトナム人なら誰でも知ってると言って過言ではないと思います。当時まだ若いのに敵の前に処刑される時点まで微笑みながら歌っていたそうで、不屈精神が非常に高かったです。ベトナム人に愛されて”サウ姉さん”でも呼ばれています。

こんな国民的英雄にふさわしいコメントが多くある一方、ベトナム人に聞いてみたところ、まったく違う見方をする人がたくさんいて驚いた。
以下そんな意見を紹介しよう。

・Let’s go over the facts.
She was a 14 years old child soldier.
She threw grenade in a market place.
She killed Vietnamese in the process.
That is a crime. That’s terrorism.
Can you tell a 14 year old kid to do that ? I can’t.

事実を確認しよう。
彼女は14歳の兵士だった。
彼女は市場の中で手榴弾を投げた。
彼女はその過程でベトナム人も殺した。
これは犯罪でテロ行為だ。
14歳の子どもにこんなことをしろと言えるか?ボクなら無理だね。

・I don’t speak for all Vietnamese. But people like me will tell you she was a terrorist.

すべてのベトナム人を代弁できないけど、ボクのような人間なら彼女を「テロリスト」と言うだろうね。

・Think about what she did. She throw a grenade into a marketplace killing innocent bystanders when she was just only 14 or 15 of ages. What were you doing when you are 14?

彼女が何をしたか考えてみなよ。
14か15歳のとき、市場で手榴弾を投げて罪のない人を殺たちした。
君が14のころは何をしていた?

・ She was used by the communis party. I don’t think she even knew what she was doing. Poor little girl.

彼女はベトミンに利用されたんだ。自分が何をしているのか、彼女も分からなかっただろうね。かわいそうな少女。

 

とまぁこんな感じで、ベトナム政府と同じようにヴォー・ティ・サウを英雄と呼ぶ人もいれば、彼女の行為を取り上げて「テロリスト」と言う人もいるし、「犠牲者」だったと考える人もいる。
個人的にも銃殺されて英霊や英雄になるよりは、やりたい仕事をしたり好きな人と結婚したりして無名のまま亡くなったほうが幸せだったとは思う。

見方によっては新選組は「幕府の犬」だけど、いまの日本では幕末の英雄のように新選組のメンバーを崇拝する人が多い。
歴史上の人物の評価は立場や価値観によって違うのは当たり前だから、国民すべてが同じであるより、英雄でもありテロリストでもあったとみるほうが健全だ。
「タラれば定食」だけど、もしヴォー・ティ・サウのような人物が日本の歴史にいたら、いまの日本人はどう評価していたか。

 

 

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今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。