東京23区に住んでいるアメリカ人が、会社へ行くため電車に乗っていたとき「ガイジン・パワー」を感じたという。
それで彼はSNSに投稿をした。
Whoa, gaijin seat power is strong today. The last open seat was next to me, and this guy was sooo deliberate about looking around, and then very slowly sitting down… >.>
電車に乗ってきた日本人の男性が車内を見渡すと、空いている席はこのアメリカ人の隣だけ。
するとその男性はまわりを見回して、とても慎重にゆ~っくりと座る。
そんな様子を見てこのアメリカ人は、「きょうのオレがかもし出すガイジン・シート・パワーはかなり強いようだ」と感じた。
この投稿には「Hahahahahahha」と笑う人がいれば、「I would say your power is weak today. If it was strong, he would have walked away」と、ガイジン・パワーが本当に強かったら、その男性は座らずに歩き去っただろうと指摘する外国人もいた。
日本に5年以上住んでいて、日本人の考え方や行動をよく分かっている彼にとっては「朝のオモシロ出来事」でしかないけど、車内が混雑しているのに、誰も自分の隣に座らない状態を「人種差別」と不快そうに言う外国人に何度も会ったことがある。
日本人か韓国人か忘れたけど、フランスの電車で空いてる席に座ったら、隣にいた白人が黙って立ち上がって歩き去ったという話を新聞記事で見た。
これは明らかな人種差別行為。
だけど、日本人の「空席」の場合は外国人への憎悪や差別の意識はなく、慣れていないから何となく抵抗(ガイジン・パワー)を感じて座らないだけだろう。
これを笑い飛ばす外国人も、差別や侮辱と感じる外国人もいるからどちらかハッキリしないけど、悪意と罪のない“差別行為”になると思う。
外国人の投稿を見ていると、こういう“ ”付きの差別は日本の社会にはよくある。
この人物は明治時代の仏教哲学者で教育者、さらに東洋大学(当時は哲学館)を創立したことでも有名な井上円了。
井上は日本人と西洋人を比較してこう書いた。
わが人民は数千年来太平の海波に浴し、数百年来外国の交際を絶ちしをもって、未競争、未経験の人なり。これに反して、西洋人は既競争、既経験の人なり。
「欧米各国 政教日記 (井上 円了)」
アメリカ・ヨーロッパ大陸の国に比べ、島国に住む日本人には、数百年間の鎖国期間もあって外国人との交流経験が絶望的になかった。
「ガイジン・パワー」に押される現代の日本人も、その多くはいつも日本人と一緒にいるような「未競争、未経験の人」だろう。
海外に住んでいたり外国人との付き合いがある人なら、苦もなく隣に座ることができるだろうし何なら話しかけちゃう。
きょねん東京23区で成人になった人の8人に1人が外国人で、新宿区では45.7%とほぼ半数を占めた。
いまの日本は本当に国際化した。はずだけど、わが人民にはまだまだ未競争、未経験の人が多いようだ。
悪意も蔑視もないのに、「差別行為」と外国人に受け止められることは、日本にとってマイナスしかない。
文明開化はまだ終わっていないのだ。
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電車の席で日本人が隣りに座ってくれない程度のことが「差別」ですか?
米国に住んだ経験があるから言いますが、そんなことを米国人に言われる筋合いではないですね。