むかしの日本人が心の底から恐れていたもの、それは火事。
なんせ日本の伝統的な建物はほとんど紙と木からつくられているから、それに乾燥や強風という悪条件が重なると、江戸時代の「明暦の大火」という空前絶後の大災害が起こることもある。
これはローマ大火とロンドン大火と並び、世界三大大火のひとつといわれる。
くわしいことはこの記事を。
このときは将軍のいる江戸城の天守閣さえ焼け落ちた。
こんな災害から守るために、日本人は城のてっぺんに鯱(しゃちほこ)を付けるようにした。
鯱は「しゃち」とも「しゃちほこ」とも読む。
日本ではむかし火事が起こったとき、しゃちほこの口から水が出てきて火を消してくれるという考え方があった。
これは言ってみれば迷信のひとつなんだが、それでも鯱には「迷信」の一言では片づけられない、日本人の願いや火への恐怖が込められている。
「魚に虎」で鯱(しゃち)と書くように、この空想上の生き物は魚のからだに虎(または竜)の頭を持っている。背中の鋭いとげはハリネズミのものという説もある。
とにかくこんな感じに、鯱はいろんな動物のパーツを集めてつくられた。
*ここでいう鯱(しゃち)は実在する魚のシャチとはまったくの別ものなんで、ごっちゃにしないように。
さらにくわしい情報はここでゲット。
江戸時代の百科事典『和漢三才図会』では魚虎(しゃちほこ)と表記されている。 大棟の両端に取り付け、鬼瓦同様守り神とされた。建物が火事の際には水を噴き出して火を消すという
最近、スペイン人とトルコ人(2人とも女性)と一緒に静岡の掛川城へ行ったとき、出会ったのがこのしゃちほこです。
「この魚、ひげが生えてる!」と笑い出すスペイン人に、この鯱はいろんな動物の部位を集めてつくった想像上の生き物で、城のてっぺんにあって守り神になっていることを話すと、「そういう日本文化は大好き!」と目を輝かせる。
トルコやスペインのお城や建築物にもこんなモノがあるか質問すると、2人とも首を横にふる。
「でも、ヨーロッパにもこれと似た生き物がいる。キメラっていうの」とスペイン人が言う。
そうかキメラか。でもなんで?
キメラというと、むかしやったRPGに出てきた化け物でわりと強敵だったイメージがあるんだが、なぜ鯱を見てその生き物がでてきた?
ボクには不思議だったんだけど、トルコ人も「たしかに」と同意する。
キメラ
ラテン語でキマエラ 、英語ではキメラ(またはキメイラやカイメラ)、フランス語ではシメールと、ギリシャ神話に登場するこの怪物は欧米でいろんな呼び方がされている。
神話によるとキメラは怪物のテューポーンとエキドナの娘で、ライオンの頭と山羊(ヤギ)の胴体、それにヘビのしっぽを持つという。
テューポーンとは最強の怪物(または神)で、ギリシャ神話におけるまさにラスボス。
エキドナは、上半身は美女で下半身はヘビ、背中に翼が生えた姿をしている。
『蝮(まむし)の女』とも呼ばれるのだが、『強欲の魔女』と名乗った方が通りがいいかな?
テューポーン(右)が最高神ゼウスと戦っている
エキドナ
『リゼロ』と違ってかわいさ皆無。
こんな怪物ペアレンツから生まれた娘がこのキメラ。
テューポーンとエキドナの部位をあわせ持つキメラには、ライオンの頭と山羊の胴体、そして毒ヘビのしっぽがある。
ただこれはキメラの基本設定で、それぞれの頭を持つという説もアリ。
最強クラスの化け物の子・キメラは頑丈な肉体を持っていて、口からは火をふいて山を燃え上がらせたこともある。
でも最期は英雄ベレロポーンの槍(やり)で殺された。(矢で退治された説もある)
このキメラの起源をたどると、ヒッタイト(紀元前1600年ごろ、いまのトルコにあったアナトリア人の国)で神聖視された季節を表す聖獣にいきつくとされる。
ライオンは春、山羊は夏、ヘビは冬を象徴していたとか。
フランス人の画家が描いたキメラ
5年ぐらい前にアメリカ人を名古屋城へ連れて行って、しゃちほこの説明をしたあと、今回と同じ質問をしたときにも「キメラ」がでてきた。
やっぱりこのときも「なんでここでキメラが?」と意表を突かれたけど、話を聞くと納得。
名古屋城にある金のしゃちほこ
むかし『名古屋金鯱軍』というプロ野球チームがあった。
ボクとしては日本の鯱(しゃち)を見せて、欧米にある火災を防ぐお守り的なモノを期待したのだけど、アメリカ人・スペイン人・トルコ人は「合成生物」と理解してキメラを連想したのだ。
最強・最恐・最凶の生き物のパーツを集めてできた空想上の生き物という点では、鯱もキメラもたしかに同じ。
でもキメラは口からは火をふいて、鯱は口から放水しそれを消すから役割としては正反対。
ヨーロッパと日本を代表してこの両者が戦ったら、勝つのはどっちか。
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