比類ない絶対君主の豊臣秀吉、日本人奴隷とフグ食を禁止する

 

今回は歴史クイズからはじめようと思う。

16世紀の日本へやって来たイエズス会の宣教師が、こう驚嘆した人物はいったいだれ?

「この暴君はいとも強大化し、全日本の比類ない絶対君主となった」

「この五百年もの間に日本の天下をとった諸侯がさまざま出たが、誰一人この完璧な支配に至った者はいなかったし、この暴君がかち得たほどの権力を握った者もいなかった。」

答えは、本能寺の変で主君の織田信長がなくなったあとに、天下統一を果たした豊臣秀吉。
秀吉が九州を平定したころ、ポルトガル人が日本人を奴隷として売買していることを知って激怒した。

記録には残っていないが、初めてヨーロッパの地を踏んだ日本人はこうした奴隷だったと考えられている。

1555年の教会の記録によれば、ポルトガル人は多数の日本人の奴隷の少女を買い取り、性的な目的でポルトガルに連れ帰っていた。

ポルトガルの奴隷貿易

 

でもこれが、キリスト教布教に悪影響をおよぼすと心配したポルトガルの国王セバスティアン1世は、1571年に日本人奴隷の交易を中止する命令をだす。
がそれでも蛮行は続けられて、とうとう「全日本の比類ない絶対君主」に見つかった。
秀吉は宣教師のガスパール・コエリョを問い詰めて事実を確認し、博多でキリスト教禁止令(バテレン追放令)をだした。

そんなことを少し前の記事で書いたわけですよ。

1万人の『日本人奴隷』:秀吉、ヨーロッパ人の奴隷貿易に怒る

 

 

では第二問。
海に豚でイルカ(海豚)、では河+豚だと何になるでしょう?

 

 

 

答えはフグ(河豚)。
丸々と太っていてブタのように見えるから?と思ったら、中国にいる食用のメフグは川にいて、ブタのような鳴き声をするから「河の豚」となったようだ。

日本代表する美食家で、『美味しんぼ』の海原雄山のモデルなった人物の北大路魯山人(きたおおじ ろさんじん:明治16年 – 昭和34年)が、著書『河豚食わぬ非常識』でフグをこう絶賛する。

「われわれが冬季常食する天下唯一の美味、摩訶不思議の絶味であるふぐの料理」

「ふぐのうまさというものは実際絶対的のものだ。ふぐの代用になる美食はわたしの知るかぎりこの世の中にはない。」

 

北大路 魯山人

 

縄文時代には食べられていたというフグ。
天下唯一の美味をもつこの魚には、同時に死に至る猛毒があるから「河豚は食いたし命は惜しし」ということばがうまれた。
それで地方によってはフグを『がんば』(棺桶の意味)と言ったり、めったに死ぬ(あたる)ことはないから『てっぽう』や、富くじ(宝くじ)から『トミ』と呼んだりする。

くわしいことはこの記事をクリック。

【フグの呼び方】ふく・てっぽう・ナゴヤ・トミ・がんば

 

この「摩訶不思議の絶味」であるフグについても豊臣秀吉が怒った。
天下を統一したあと朝鮮出兵のため、全国の兵士を九州へ集結させたところ、下関のあたりでフグを食べて死ぬ人間が続出。
戦国時代の武士もフグの猛毒には勝てなかった。というより前に、武士が戦う前に死んでどうする!ということで、秀吉は「この魚食うべからず」という「フグ食禁止令」を出して、それ以降、日本全体でフグ食が禁止されたという。

社団法人日本水産資源保護協会のサイト『わが国の水産業 ふぐ』にその記述がある。

ということで豊臣秀吉による日本人奴隷の売買とフグ食の禁止令で、ヨーロッパ人宣教師の言う「完璧な支配」が完成した。かもしれぬ。

 

 

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今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。