【天地創造】イスラム教徒が富士山・桜・駿河湾を見た感想は?

 

初夢に見ると、縁起の良いものを順にならべた『一富士、二鷹、三茄子』ってことばがある。
これは江戸時代に、徳川家康がそう言ったと伝えられる由緒正しいことばで、現在でも使われているし、これを元ネタにした『鷹富士茄子(たかふじかこ)』という縁起の良いアイドルもいる。
ちなみにこれは『四扇、五煙草、六座頭』とつづく。

富士山は江戸時代の日本人にも、現代の外国人にも大人気。
この山はわれわれ静岡県民の自慢なので、知り合いの外国人に「富士山見に行く?」と言うと食いつきがすごくいい。
冬は晴れが多く空気も澄んでいて、この巨大な三角を見るにはベストタイミングだ。

ということで最近、バングラデシュ人・ロシア人・アメリカ人・ベトナム人・スロヴァキア人を浜石岳に連れて行った。
ここは静岡を代表する絶景スポットで、富士山の長い長い斜面と駿河湾を一望できるから、外国人の反応は歓声を上げるか、ことばをなくすかのどっちかがほとんど。
浜石岳からの景色で失望した外国人はいない。
いたら在留カードをぶん投げる予定だ。

 

このまえロシア人とアメリカ人が浜石岳でこんな富士山を目にすると、「floating in the sky!(空に浮んでいるみたい)」と言って写真をバシャバシャ撮っていた。
*この英語が正しいか分からないけど、「フローティング」という単語を使ったのはたしか。

 

浮かぶ富士

 

後日、イスラーム教徒のバングラデシュ人5人をここに連れて来たとき、彼らも雄大な富士山を絶賛していた。のだが、会話を聞いていると何度か「アッラー」という単語が聞こえる。
あらあら。
とか言ってる場合じゃなくて、アッラーがイスラーム教の神なのはわかるとして、なんでこのタイミングでそのことばが出てくるのか?
アッラーと富士山にはどんな関係があるのか?

ワケをたずねると、一人がこんなことを話す。

「富士山と海の、この素晴らしい景色をつくってくれたのはアッラーなんだ。だからアッラーは偉大だと言う人がいたり、アッラーに感謝する人がいたんだよ」

あらあら。(くどい)
イスラーム教徒をあらわすアラビア語の「ムスリム」には、「神に帰依する者」といった意味がある。
ルルーシュのギアスのようなもので、アッラーのことばに対して信者は服従するしかなく、それに異を唱えることはできない。
ムスリムとは「神に絶対服従する人」のことだから。

そんなイスラーム教の考え方によると、日本のアイコン・富士山をはじめ、この世界のすべてや宇宙もアッラーがつくり出したことになっている。
無宗教の日本人には「へ~」だけど、これは彼らにとっては確定した事実。

だがしかし、日本ではダイダラボッチという巨人が富士山をつくったと言われている。

 

ダイダラボッチ(とされるやつ)

 

このとき別の人が、ことばにならないほど感激することがあったら、バングラデシュ人だけではなくて世界中のイスラーム教徒が神に感謝をささげると言う。

そういわれて思い出したゾ。
サッカーの試合で中東の選手が得点をきめると、ウオーっと走りだしたあと、ピッチ上で何人もの選手が両手両膝をつけて、全身全霊でアッラーに感謝の気持ちを示すのをよく見た。
なんか「集団土下座」をしているようでボクには違和感があるのだけど、イスラーム教徒にとっては、これ以上ないほど自然で当然のことなんだろう。

 

 

イスラーム教徒の彼らに言わせると富士山や伊豆半島、駿河湾も澄んだ空気もすべて「アッラーの創造物」になって、こんな圧倒的な自然を前にすると神の偉大さや感謝の気持ちが込み上げてくる。
このあと「超キレイ!」と彼らが絶賛した河津桜も、もちろんアッラーがつくり出したもの。イスラーム的には。

富士山についていえば、その「領有権」をめぐってたまに静岡と山梨でにらみ合う。
基本、陽の当たるサイドが静岡、ダークサイドが山梨のものと考えていいけど、『ゆるキャン△』を山梨にとられたのは痛恨の極み。
でもムスリム的発想で、富士山はアッラーに帰属すると考えれば、静岡と山梨の歴史的和解は可能になるかもしれない。

もちろんこれはネタなので、真に受けないように。
実際にはネットにある「富士山絶景ポイント」のサイトで、静岡より山梨のほうが数が多いと「チッ」となるぐらいの、小さなライバル心ですよ。

 

このピンクと青もアッラーの思し召し

 

イスラーム教・キリスト教・ユダヤ教では、つまり世界の多くでは、この世のすべての生物や自然は神がつくったことになっている。
アッラーやゴッドという呼び方の違いがあるだけで、この三教の神はまったく同じ。

この三つの宗教では、世界はだいたいこんな過程で登場したと考えられている。

はじめに神は天と地とを創造された。
地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり、神の霊が水のおもてをおおっていた。
神は「光あれ」と言われた。すると光があった。
神はその光を見て、良しとされた。神はその光とやみとを分けられた。
神は光を昼と名づけ、やみを夜と名づけられた。夕となり、また朝となった。第一日である。

つまり偉大なる神は第一日目に天と地(この場合は宇宙と地球)と光、さらにそれから昼と夜(闇)をつくったという。

そしてこれが翌日以降の神さまの創造活動。

2日目 神は空(天)をつくられた。
3日目 神は大地を作り、海が生まれ、地に植物をはえさせられた。
4日目 神は太陽と月と星をつくられた。
5日目 神は魚と鳥をつくられた。
6日目 神は獣と家畜をつくり、神に似せた人をつくられた。
7日目 神はお休みになった。

ということでキリスト教文化圏では7日目の日曜日が休みの日となって、いまでは日本もそのシステムを採用している。

これ以上のくわしい情報はここでゲットだぜ。

創造論

 

ミケランジェロが描いて、いまはシスティーナ礼拝堂にある『星の創造』
星よりケツが気になる。

 

「富士山はわしが育てた」ではなくて、富士山や海をつくったのはアッラーだという考え方はイスラーム教徒にはきわめて自然のことらしい。
上の説によると、これらは3日で創造されたことになる。

彼らが浜石岳の写真をSNSにアップすると、知人友人のバングラデシュ人、インドネシア人、マレーシア人などのイスラーム教徒がいろんなコメントを寄せた。
それを自動翻訳すると、「アッラー」という単語がいくつも出てくる。
富士山や桜、駿河湾を見て創造主の偉大さを改めて実感する、感謝するといった感想は日本人だったらまず出てこない。
でも誰にも迷惑はかけてないし、これはこれで彼らの価値観であり文化だから問題ない。

一静岡県民として言わせてもらえれば、「この景色は神の意思によるものだ。アッラーアクバル(神は偉大なり)」とイスラーム教徒に言われるのは、「やっぱ富士山って山梨から見たほうがキレイだよな!」とどっかの日本人に言わるよりはよっぽどいい。
でも、万人受けするのは「floating in the sky!」か。

 

 

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日本人の宗教観(神道・仏教)

【世界よ、これが日本の仏教だ】中国人とイギリス人に衝撃!

【怪異ともののけ】日本人が密教を求めた理由とは?

 

3 件のコメント

  • では、その彼らの唯一絶対創造神は、誰が作ったのですかね?

    それにしても、この世の創造神とやらは余計なものまでたくさん作ったものですね。神様にとって、この世は「失敗作」だったということでしょうか?「宗教」という文化も、総じて失敗・間違いの方が多いような気がするなぁ。
    だから私は、唯一絶対万能の神の存在なんて信じる気にはなれないのですよ。私が人生を紡いでいるこの世が「失敗作」だなんて、そんなのあり得ん! 偉い神様なんぞいなくても、人間は自分でまともな世の中を作る能力があるはずだ。別に彼らの神を信じなくたって、彼らの天国や地獄に行く気もありませんしね。

  • 八合目より上は浅間神社の私有地で、その総本宮は富士宮市にある式でなら富士山は静岡県。
    そうでなくても数年前に七合目~八合目付近で遭難死が密か達時に山梨側はうちの管轄ではないと出動を拒否しているのでその時点富士山は静岡のもの。

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    今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。