日本人が初めて焼いたパン・タイ人に大人気の日本のパン

 

4年間通っていた日本の大学を卒業して、母国へ帰ることになったタイ人の女性と話をしていたとき、「タイに戻ってから、日本について恋しく思うことは何だと思う?」ときいたら、「夜でもひとりで歩ける治安の良さ」や「雪化粧をした街の景色」よりも先に出てきたのがメロンパン。

は?
その答えはまったく予想してなくてやや戸惑ったけど、向こうは真剣で「メロンパンとの別れは本当にツライ。あんなに美味しいパンをつくり出すなんて、日本人は天才ですか?」とのこと。
もちろん日本語でそう言ったのではなくて、これは彼女が口にした英語の意訳。

この話を聞いた5年ほど前は、「日本のメロンパンはヤバい!」というウワサはタイ人の間で広がっていて、旅行に来るタイ人はよくこれを買っていたという。
いまネットで見たら、浅草にある浅草花月堂の『ジャンボめろんぱん』がタイ人に大人気で、店に来る外国人客の6~7割はタイ人だという情報があったから、彼女が言ったのはこのメロンパンのことかも。

ちなみにタイでも首都バンコクには、日本人のパン職人がつくるメロンパンがある。
でも、タイ全体では「ないことはない」というていどで、一般的には“ない”と言っても問題はなさそう。

 

 

きょう4月12日はパンの記念日。
江戸時代の1842年のこの日、江川 英龍(ひでたつ)がパンを焼いたことを記念してこの日が制定された。

「いくら日本人でもさー、毎日コメばっか食ってたら、さすがにあきるわー」という理由から、江川はパンを作ろうと思い立ったわけではない。
軍隊が持っていくための食料として、江川はパンに注目して兵糧パン(いまでいう乾パンのようなもの)を作ったのだ。
パンそのものは戦国時代にヨーロッパ人から伝わったものの、日本でのパン食は“鎖国政策”などによってなくなっていた。

そう言えばたしかに南蛮料理の天ぷらは江戸時代に人気の一品だったけど、サムライがパンを食していたという話は気かない。

 

江川 英龍

 

その後、長い空白があって、幕末に安全保障上の観点から「しっかり焼いたパンは日持ちするし、軍隊の携帯食にはピッタリじゃね?」と江川が思いつく。

1842年というと、江戸幕府が薪水給与令(しんすいきゅうよれい)を出した年だ。
それまで日本に来る外国船はどんな理由でも追い払え!日本に近づかせるな!と威勢のいいことを言っていたけれど、1840年にアヘン戦争で中国(清)がイギリスに敗北したのを見て、その強硬策を撤回し、「ま、まあ。異国船に飲み水と燃料ぐらいはあげていいかな」と江戸幕府が打ち出したのが薪水給与令。
こんな国防意識の高まりが背景にあったはずだ。

とにかく江川が日本人としては初めてパンと焼いたと言われていて、この日(だけでなく毎月)12日が「パンの日」になっている。
だから今日は近所のパン屋でセールやイベントがあるかもよ。

この功績がたたえられて、江川 英龍は日本のパン業界から「パン祖」と呼ばれているという。
「二度焼いたパン」を意味するビスケットはヨーロッパで航海用の食べ物だったから、江川が作ったパンもこの保存食と同じ発想だろう。

【ビスケットの語源】なんで、“二度焼いたパン”なのか?

 

その後、日本のパンは軍隊から離れて、明治時代から本格的なパン作りがスタートする。
そして大正時代に登場したといわれる日本独自のメロンパンはいま、タイ人を魅了してやまない一品となった。

 

最近、知人の台湾人が見つけたお気に入りのパン。
「新發現😋」と書いてあったから、「新発現?意味わからん」と思ったら中国語で「新発見」のことだった。

 

 

 

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2 件のコメント

  • 日本のメロンパンって、なんか、色んな国の外国人にファンが多いみたいですよ。
    海外だとああいった「パンの中に実際にメロンが入っているわけじゃないが、匂いと味をつける」という発想が、ないんですかね?

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    今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。