【韓国のコグマ】日本のサツマイモ、日韓友好に貢献する

 

英語でoursは「我われの」だけど、フランス語だと「クマ」の意味になる。
で韓国語で고구마(コグマ)というと、サツマイモのこと。
コグマが焼き芋を手にしている絵を想像してみよう。この韓国語は一瞬でおぼえられるはず。

耳にかわいいこの野菜には残念なことがあって、これをめぐって日韓関係に傷をつけてしまった。
くわしいことはこの記事をどうぞ。

【遠い日韓友好】日本の農家が嘆き、国民を怒らせること

でも反対に、サツマイモが日韓友好の“シンボル”になったこともあるのだ。
今回はそんなポジティブな話。

 

南米を原産とするサツマイモは大航海時代時代にヨーロッパ人に“発見”され、江戸時代が始まる直前の1600年ごろ中国から日本へ伝わった。
琉球から薩摩へもたらされたからサツマイモ。
このサツマイモはとても優秀な野菜で、栄養分の少ない土でも育ちやすいし、悪天候や害虫なども簡単には負けない。
乾燥に強く、夏の暑さにも耐えられるから長期間の保存もOK。

そんなことでサツマイモは飢饉のときの救荒作物として、西日本で広く栽培されていた。
1732年に享保の大飢饉が起きたときには西日本が深刻な食料不足になったにもかかわらず、サツマイモを栽培していた伊予国大三島の周辺での餓死者はゼロ。
これでサツマイモに注目が集まる。
8代将軍・徳川吉宗の時代に青木 昆陽(あおき こんよう:1698年 – 1769年)が飢饉対策としてサツマイモの本格的な栽培を始め、関東を中心に広く育てられるようになった。
天明の大飢饉で多くの人が死なずに済んだのは、青木昆陽という“サツマイモ神”のおかげでもある。

太平洋戦争中や戦後の食糧難のときにも、このイモはたくさんの日本人を救ってくれたのだ。

 

 

韓国でもサツマイモの人気は高く、韓国情報を紹介する日本のサイトには「コグマスイーツ」という表現がある。
といってもこれは日本での言葉らしい。

サツマイモは日本から朝鮮半島へ伝わった野菜で、その功績は趙曮(チョ・オム)にある。
第11次朝鮮通信使(1763年~1764年)のリーダーとして来日したチョは、日本で食べたサツマイモに衝撃を受け、「これをぜひ持って帰りたい!」と頼んで種イモをもらうことができた。

一行は対馬で食べたサツマイモの美味しさに感激し、種芋を乞うてサツマイモを朝鮮半島に持ち帰った。これが朝鮮半島へのサツマイモの初伝来である。

日東壮遊歌

 

チョ・オムはほかにも日本の水車を見て「見習ってつくりたいぐらいだ」と感心する。
水車は朝鮮半島では定着しなかったけれど、サツマイモのほうは試行錯誤をへて栽培に成功。
飢饉による食糧難で困っていたのは朝鮮半島も同じで、チョはサツマイモを救荒作物に考えていたから、この野菜で命を救われた朝鮮人はたくさんいたはずだ。

このことは韓国で知られているのだろうか?
と思って韓国語版ウィキペディアを見ても、チョ・オムの項目は見当たらず。あるかもしれないけど、見つけられなかったので、知ってたら教えてください。

ただ英語版ウィキペディアには、彼は朝鮮政府を代表して日本へやってきて、18世紀半ばにサツマイモの栽培を韓国に紹介したことで評価されているという説明がある。

He was also diplomat and ambassador, representing Joseon interests in the 11th Edo period diplomatic mission to the Tokugawa shogunate in Japan. He is credited with introducing the cultivation of potatoes as a food staple in Korea in the mid-18th century.

Jo Eom

 

チョ・オムが来日したころの対馬では、サツマイモのことを「孝行芋(こうこういも)」と呼んでいた。
この日本語も朝鮮半島へ輸入されてコグマ(고구마)となる。

農畜産業振興機構のホームページにそのことが書いてある。

サツマイモは朝鮮に渡り、コグマ(孝行芋の発音がなまったもの)と呼ばれるようになります。現在も対馬ではサツマイモを「孝行芋」と呼び、大切にしています。

サツマイモが原料の対馬の郷土料理

チョは孝行芋に「古貴爲麻」という字を当てたらしい。

 

日本人がこころよく種イモを渡し、飢饉のときには多くの朝鮮人を救ったのがサツマイモ。
そして現在の韓国人がよく使う「コグマ」は日本語に由来する。
日韓友好に貢献する要素にあふれているのだから、チョ・オムの話は日本と韓国でもっともっと知られていいはずでは?

ちなみに韓国語の고구마(コグマ)はサツマイモのことで、이모(イモ)は母方のおば(叔母)の意味になる。
最近の韓国では、母親の知り合いも「イモ」と呼ぶこともあるらしい。
だから母の友人を見て、娘や息子が「このイモだれ?」ときくことがあるかもしれない。いや、さすがにそのシチュエーションはないかな。
屋台や食堂のおばちゃんに親しみを込めて、「イモ」と呼びかけることはあるようだ。

 

 

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3 件のコメント

  • 水車は朝鮮半島では定着しなかったのではなく、作れなかった。
    Wikiに載っていないのも知られると都合が悪いから。

  • 고구마が日本から朝鮮に伝来したという事実を知っている韓国人は多くありません。
    韓国人のほとんどは고구마が韓国で自生したと思っています。しかし、資料には日本の対馬から伝来したとか、本文のように、趙曮が日本から持ってきたと書かれています。

    一つ質問があります.
    なぜ日本はCOVID-19ワクチン接種が遅れているのでしょうか?

  • > ちなみに韓国語の고구마(コグマ)はサツマイモのことで、이모(イモ)は母方のおば(叔母)の意味になる。
    > 最近の韓国では、母親の知り合いも「イモ」と呼ぶこともあるらしい。

    古代の日本語においては、イモ(妹)は年齢の上下に関係なく男性からみた同腹の女であり、また、恋人である女性や妻のこともイモ(妹)と呼んでいました。万葉集など歌集にはそのような「イモ」の使い方が多く出ていきます。たとえば、
    妹(いも)もわれも一つなれかも三河なる二見の道ゆ別れかねつる
    (あなたもわたしも一つだからだろうか。三河の二見の道から別れるのがつらいよ。)

    上記ブログ記事のような韓国語での「이모(イモ)」の使い方は、おそらく、古代の日本語とも関係しているのでしょうね。

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    今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。