不敬罪と人間宣言:タイ人が驚く、日本の皇室とタイ王室の違い

 

ちょっと前にタイ人と会ったとき、

「日本の皇族が国民から“いじめられ”て、精神的な病気になったんだって?」

と驚いていた。
でもこれには、日本人ならわかるように事実誤認がある。

小室圭さんとの結婚について、メディアや国民からネガティブな意見が噴出して、それを気に病んだ眞子さまが「複雑性PTSD(心的外傷後ストレス障害)」の診断を受けたという発表が最近あった。
たしかにメディアの報道が過熱気味だったり、ネットでは根拠のないデマや侮辱的な表現もあった。
ほかにも皇室の将来を不安に思う気持ちから、厳しい批判や意見もあったりと、いろいろな声が上がっていたから、すべてをひとまとめにして「誹謗中傷」というのはちょっと違う。

 

話をタイ人に戻すと、彼女が読んだ欧米かタイのメディアの記事には、日本の皇室メンバーが国民からバッシングを受けて精神病に追い込まれたと書いてあったらしい。
なんか牛丼屋レベルに盛ってるか、マシマシになってる気がする。
まぁ大筋では間違ってないけど、内容や表現が誇張されグレードアップしているようだ。

そのタイ人にとっては王族が国民から“叩かれて”、精神的なダメージを負うというのが超ビックリで、「タイだったら考えられない!」という。
王室を批判した国民が大きな傷と負うという、この逆なら理解できるらしい。

 

日本とタイには皇室と王室が存在するという共通点があって、昔から王室外交によって両国は良い関係を保ってきた。

でも日泰では歴史も価値観や文化も違うから、皇室と王室にもいろいろな違いがある。
タイでは国王や王妃、王位継承者などのロイヤルメンバーに対する侮辱や軽蔑が法律によって禁止されているから、もし国民がそんな言動をしたら「不敬罪」で警察に捕まってしまう。

ことし1月、国王の肖像画にスプレーで批判の言葉を書いた大学生にこの罪が適用された。

日テレニュース24(2021/1/15)

タイ“王室批判”男子大学生を不敬罪で逮捕

国王や王室への侮辱は絶対に許されない。
裁判で有罪になれば最長で禁錮15年が科されるほど、タイで不敬罪は重罪で「世界で最も厳格」ともいわれる。

これを常識とする人からみたら、「日本の皇族が国民からいじめられて、精神的な病気に追い込まれた」という報道を知れば、異国ではなく異世界の出来事に見えてもやむなし。

日本で同じことがあったら、不敬罪ではなくて「器物損壊罪」ぐらいでは。
なんせ昭和天皇の顔写真を燃やす演出が「アート」で通ってしまうのだから。
男子大学生が逮捕されたニュースへのヤフコメ

 

タイなら「いいね」をした人まで、不敬罪で逮捕されるかも。
そもそもタイでは、ヤフーなどに国民がこんなコメントを書き込んだり、見たりする自由は認められないはず。
2013年には東京駅で雅子さまが市民から「税金泥棒」という、とんでもない言葉を投げ掛けられたこともあった。
タイで同じことをやったらどうなるか、タイ人に聞いてほしい。
その場面を想像して思考停止、完全なフリーズ状態になると思う。

 

 

タイでは国王の肖像画や写真が街中にあって、それに手を合わせる人もめずらしくない。
日本でこれをやったら、「右翼」や「極右」とか呼ばれそう。

 

日本でいえば18世紀の終わりごろ、田沼意次が側用人となって改革をしたり、天明の大飢饉という大災害が起きたころ、タイではラーマ1世によって1782年にラッタナーコーシン王朝(チャクリー王朝)が開かれた。
これが現在のタイ王室の始まり。
歴史としては日本神話を含めて紀元前660年から始まった皇室の歴史に比べたら、「最近」というほど短いけれど、タイ国王の権力はとんでもなく強大だ。

タイの憲法によって国王の地位は「尊敬し崇拝すべき地位」として、国民の最高点に立つ人物と規定され、「タイ軍の総帥」として軍隊の中でも最高の地位にいる。
これは日本なら、明治憲法(大日本帝国憲法)で神格化された天皇のイメージに近く、現在の「国民の象徴」である天皇とはまるで違う。

こんな大きな差が生まれた背景には、「敗北経験」という決定的な違いがある。
第二次世界大戦で原爆投下やソ連の参戦などで降伏した日本は、それから半年も経たないうちに、連合国最高司令部(GHQ)の意向を受けて昭和天皇が1946(昭和21)年1月1日、自らの神格を否定する「人間宣言」を国民に向けて発表した。
日本の歴史の中で、詔書に「国民」という言葉が登場したのはこのときがはじめて。
(それまでは「臣民」)

天皇と国民との結びつきは相互の信頼と敬愛とに基づくものであって、神話と伝説によるものではない、と天皇陛下が宣言した。
この皇室観が基本となって戦後がスタートして令和の現在まで続いているから、国民の持つ「天皇のイメージ」にこの宣言が重大な影響を与えたことがわかる。いまの日本で「不敬罪」があり得ないことも。
タイの国王が国民に対して、自らの神格を否定する宣言をしたという話は聞いたことがない。

 

ただ旧日本海軍の軍人は、

「天皇陛下を神様だなんて思ったこと、戦中戦後を通じて一度もありません。海軍へ入ってからも、平気で天ちゃんって言ってましたよ。」

と「天ちゃん」呼ばわりしていたから、そのぐらいの神格ではある。

くわしいことはこの記事を。

令和の女子高生「めっちゃ天皇」/日本軍兵士「天ちゃん」 

 

国際空港のあちこちで国王を見かけるのも、日本にはない光景

 

たしかに不敬罪はあるものの、タイでは国王の指導でここ2年間ほど停止されていた。
でも、それが原因の一つにあるのだろうが、きょねん大学生らの若者を中心として王室批判が公然と出てきて、タイの内外に大きな衝撃を与えた。
この動きで不敬罪が”復活”して、タイ社会のタブーを破った若者が次々と摘発されている。

でも、タイ人の価値観は一つじゃない。
現在の国王や王室、それと不敬罪を支持していて、王室の政治関与禁止や権限・予算の縮小などの主張を行った若者を見つけては警察に通報する若者もいるのだ。

対立する価値観がぶつかれば、社会は2つに分かれるしかない。

西日本新聞の記事(2021/5/31)

交差する「この国にいたくない」という絶望と、「嫌なら出て行け」という排除の声。王室を巡る価値観の対立は若者たちをこんな分断に追いやりつつある。

不敬罪復活、タイの若者苦闘 王室批判で立件…「次世代のため」有罪覚悟

 

日本の皇室が恐れているのは眞子さまへの批判そのものより、そのことをめぐって国民が分断されることだろう。
これは、天皇と国民との結びつきは相互の信頼と敬愛とに基づくもの、という昭和天皇の言葉にも反する。
皇室(王室)に対する言論の自由や見方について、日本もタイもいま大きな岐路に立っていると思う。

 

おまけ

王室のある国は世界に山盛りあって、価値観はそれぞれ違う。
2001年に世界で初めて同性婚が法的に認められたオランダでは最近、ルッテ首相が王位継承者も同性婚が可能だと議会で発言した。
これは日本やタイでは考えられない。

 

 

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今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。