【泥棒が英雄へ】イギリスを震撼させたスクーンの石盗難事件

 

きのう12月25日は言わずもがなのクリスマス。
この日に人類を救う「イエス=キリスト」が誕生した、って話は聖書に書いてないから、これはきっと誰かの創作だ。
でも欧米では特別重要になっているこの日、70年ほど前にイギリス全土を震撼させるような盗難事件が起きたのをご存知だろうか。
その大騒動の原因となったのは、この石だ。

 

画像:Bubobubo2

 

この石は「スクーンの石」と呼ばれている。
(英語: Stone of Scone、スコットランド語: Stane o Scuin)

いまでは人口5000人ほどのスクーンという村は、中世にはスコットランド王国の宮廷があって、代々の国王はそこで戴冠式を行っていた。
その際、王はこの石の上で戴冠式を挙げたという。
そんなことから、「スクーンの石」はいまではスコットランドを象徴する重要な文化物となっているのだ。
「運命の石」(Stone of Destiny)なんてカッコよく呼ばれることもある。

伝説によるとスコットランドの初代国王ファーガスは1500年前、アイルランドから持ち込んだこの石の上で即位した。

the first King of the Scots (r. c.  498 – 501) in Scotland, whose transport of the Stone from Ireland to Argyll, where he was crowned on it

Stone of Scone

 

以来、スクーンの石はスコットランド王家の守護石となる。
だから見た目や”原価”は大したことないけれど、スコットランド人にとっては、この石がもつ歴史的・文化的な価値は計り知れない。
『なんでも鑑定団』で鑑定してもらいたいところなんだが、持ち込まれたら番組側が困るレベル。

「スクーンの石」をあえて日本にあるもので例えるなら、歴代の天皇が即位の儀式で使っていた玉座の高御座(たかみくら)か。
皇位を象徴するこの高御座はふだんは京都御所に置かれていて、現在の天皇陛下が即位されたときには8台のトラックで東京へ運ばれた。
この価値をカネに換算するのは不可能だ。

 

高御座
画像:首相官邸

 

さて、スコットランド人とイングランド人は、同じイギリス人同士でもその仲はあまり良くなくて、ひかえて目に言って「険悪」だ。
ただ知人のイングランド人の話では、スコットランド人が一方的に嫌っているだけで、イングランド人はそれほど意識していない。

あるイギリス人がスコットランドのパブへ行くと、そこではテレビでサッカーのイングランド vs フランス戦を流していた。
パブにいた人たちは、イングランドがピンチを迎えるたびに「いけ!」「打て!」と歓声を上げる。
つまり、そこにいたスコットランド人はみんなフランスの味方だった。
といってもフランスが好きかどうかは不明で、「敵の敵はわれらの味方」理論から、大キライなイングランドをぶっ倒してくれるなら、彼らは全力でそのチームを応援する。
イングランドの敗北を見て飲むビールは、スコットランド人には至高の一杯になるらしい。

なんでイングランド人はこんなに嫌われているのか?
その主な理由は18世紀に、スコットランド王国がイングランド王国に吸収される形で統一されたから。
これによってスコットランド議会は解散した。
以来スコットランドでは、イギリスからの分離独立を目指す動きが続いていて、2014年にはその是非を問う住民投票が行われた。
その詳細は2014年スコットランド独立住民投票で確認のこと。

 

そんな現在より、もっと対立の激しかった1950年のクリスマスの日、ロンドンのウェストミンスター寺院にあった「スクーンの石」が盗まれた。

(13世紀にイングランドのエドワード1世は、スコットランドを象徴するこの石を“戦利品”としてロンドンへ持ち帰り、自身が「スコットランドの王」であることを示す。)

この石は翌年にスコットランドで見つかり、1952年2月にウェストミンスター寺院に返還された。
「スクーンの石」を盗んだのは愛国心に燃えた4人のスコットランド人の大学生と判明し、そんな動機に関係なく、彼らは警察に逮捕された。と普通ならなるところ、イングランドとスコットランドの複雑な事情がそれを許さない。
彼らを捕まえて処罰すれば、スコットランドの独立運動に火が点いて、かなりやっかいな政治問題になることは明らかだ。
それ天秤にかけたところ、「罪を憎んで人を憎まず」という結果となって4人の若者は処罰されなかった。
このとき議会でハートリー・ショークロス卿はこう演説する。

「ウェストミンスター寺院からの密かな石の撤去と、寺院の神聖性を明らかに無視した行為は、イングランドとスコットランドの両方で大きな悲しみと侮辱を引き起こした破廉恥な破壊行為だった。しかしながら、公共の利益のために刑事手続きを取る必要はないと思っている」

スコットランド人にとっては、スクーンの石がロンドンにあることは「イングランドに支配されている」という意味を表すから屈辱しかない。
だからそれを奪って持ち帰った4人の学生は英雄となる。
この事件と合わせて彼らは、1950年以降のスコットランドの分離独立と民族主義的な政治運動の代名詞になった。

The students became notorious for the daring heist and in Scotland they became immensely popular. The heist and the students became synonymous with the devolution and nationalist political movements in Scotland from 1950 onwards.

1950 removal of the Stone of Scone

 

後に、この事件をモデルにしてつくられた映画が「運命の石(Stone of Destiny)」。
イギリスを揺るがしたスクーンの石はスコットランド人の気持ちに配慮して、1996年にトニー・ブレア政権によって1296年以来、700年ぶりに故郷のスコットランドへ返還された。
にもかかわらずサッカーの試合になれば、「イングランド負けろ!」の大合唱となるのだから、スコットランド人の恨みは一体どれだけ深いのか。

 

 

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今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。