「日本人のインド観」に南インド人が戸惑うわけ

 

きのう4月21日は、日本でいえば織田信長が生まれるすこし前の1526年に、インドで「第一次パーニーパットの戦い」があった日。
インド社会を一変させたこの戦いはインド人にとってはめちゃ重要で、回り回って、日本人のインド観にも影響を与えた。
イスラム教徒のバーブルの軍が攻め込み、インド北部を支配していたロディー朝をパーニーパットの戦いで撃破して、バーブルが初代皇帝となって19世紀までつづくムガル帝国が誕生する。
つまり、織田信長が天下統一に向けて爆進していたころ、インドではイスラム化が進んでいったわけですよ。
日本史でいうなら、13世紀の元寇で鎌倉幕府が負けて、日本がモンゴルという外来勢力に支配されるようになったものだ。
ちなみに「ムガル」という名前はモンゴルに由来する。

 

第一次パーニーパットの戦い(1526年)

 

このまえ日本の大学に通う5人のインド人と会ったんで、いろいろと話を聞いた。
ちょうど先月、インドの重要な祭りで春の象徴でもある「ホーリー」があったから、日本にいても彼らはお祝いをしたかどうか聞くと、

「何もしません。わたしたちはみんな南インドの出身ですから。」

と一蹴されたでござる。

日本は大きく「TOKYO」を中心とする関東と、「OOSAKA」をボスとする関西に分けることができて、言葉や食べ物、笑いのセンスとかで東西は大きく違う。
インドの文化圏は東西ではなくて南北に分けられる。
だから、世界的に有名なホーリー祭もインド北部では盛んに行われるけど、南部では「ナンデスカソレ」状態になるのだ。
ヒンドゥー教の女神ラクシュミーのために行われる秋の祭り、ディワーリーなら北部でも南部でも、全インドで行われるという。
もちろん南インドの人もホーリー祭は知っている。
でもそれは北部の行事だから、南部は基本的にスルーする。
この5人の話によると、最近は北部から来るインド人も多いから、南部でもホーリーをする機会は増えている。

インドの春祭り”ホーリー”:色をかける理由・カーストとの関係

 

ラクシュミー

 

彼ら南インド人からすると、日本人のインドに対するイメージは「ほぼ北部」だから、それと接せるとギャップや違和感を感じることがあるという。
たとえば、出会った日本人から「あなたはタージマハルに行きましたか?」という質問をされて、「いえ、ありません」と答えると「なんでですか?」とビックリされることが多い。
こっちからするとなんで日本人は、インド人はタージマハルを見に行くと考えるのか?

タージマハルは北部のアグラーにあって、南部からだと遠いし、あまり興味もないから行く気にならない。
旅行をするならアグラーじゃなくて、マレーシアやシンガポールの方がいいという。
そう聞いて日本人のボクとしては、「それは外国じゃん」と思わずツッコミを入れてしまうのだけど、彼らの感覚では国内のアグラーよりも、同じ南インドの人が住むマレーシアやシンガポールの方が身近に感じる。
こういう感覚を持ってる日本人はまずいない。
世界7位のインドの面積は329万㎢で、61位の日本は38万㎢、インドの11.6%しかないからそもそも国内旅行の概念が違う。
面積の大きい国

 

日本人はインドカレーというとナンを思い浮かべる。
でも、それは小麦粉文化の北インドの話で、南インドでは日本人みたいにカレーとお米をよく食べる。
そんな話を聞いて、「そうなんですか!」と意外に思う日本人はよくいるらしい。

そしてインドというと、「宗教対立」を連想する日本人もいる。
イスラム教徒が牛を食べたと聞いて、怒ったヒンドゥー教徒がその人を殺した。
低いカーストの人が上位カーストの人間に殺害された。
たしかにそんな事件はインドで起こるけど、それもほとんどは北インドでの出来事だ。
南部ではイスラム教徒やカースト差別が少ないから、そういう宗教が原因となって争いが発生することも少ない。

 

彼らの話からすると、インド人と出会った日本人はタージマハル、ナン、宗教(対立)を話題に出したり、質問することがよくある。
でも、そんな認識の土台になっているのは北インドで、南インドではないことを日本人は知らない。
だから、「インド=北インド」という前提で話をされると、ちょっと戸惑うというのが日本にいる南インド人の「日本人あるある」らしい。

こんな南北の違いを生み出す原因となったのが、イスラムの国ムガル帝国だ。
ムガル帝国はインド北部を支配したけど、南部にその影響はほとんど及ばなかった。
タージマハルはムガル帝国の皇帝が建てたお墓で、インドにはなかったナンやチャパティを広めたのもムガル帝国だし、イスラム教徒の少ない南部では宗教対立も少ない。
歴史をさかのぼると、バーブルが1526年の第一次パーニーパットの戦いに勝ったことから、こうしたことが始まった。
この戦いは回り回って、北部に偏っているいまの日本人のインド観にも影響を与えたことになる。
ついでに言えばパーニーパットの戦いとは関係ないけど、「インド人はヒンディー語を話す」と思っている日本語は多いと思う。これも北インドの話で、南インド人は一般的には話せない。

 

おまけ

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2 件のコメント

  • > 南部ではイスラム教徒やカースト差別が少ないから、そういう宗教が原因となって争いが発生することも少ない。

    へー、そうなんですか。
    「差別が少ない」って、どういう意味なんですかね? 差別が「ある/ない」だったら理解できますけど。いったい、どういう尺度で差別の「多い/少ない」を評価するんですかね? 「差別は確かにあるが、殺しはしない」とか?「カーストは確かにあるが、段階が少ない」とか?

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    今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。