【もう日本文化】コレラへの恐怖が生んだ妖怪・虎狼狸

 

日本の妖怪は21世紀のいま国境を越え、世界中で知られている存在で外国人のファンも多し。
外国人に日本の文化を紹介する海外メディアによると、日本のモンスターは世界中に広がっていって、アニメやマンガ、映画やテレビ、ビデオやコンピュータゲームを通じて子供たち(や多くの大人たち)の生活に入り込んでいるという。

Japanese monsters have invaded the world. Through anime and manga, film and television, video and computer games, they have infiltrated the lives of children (and a great many adults).

Yōkai: Fantastic Creatures of Japanese Folklore 

 

外国人を魅了するこうしたモンスターには、日本の伝統的な妖怪からつくられたものも多い。
ぬらりひょん、座敷わらし、海坊主、一反木綿(いったんもめん)いった妖怪は昔から有名で、コロナ禍では「アマビエ」さんが大ブレークしたのは記憶に新しい。

【日本の妖怪】アマビエだけじゃない!厄除招福の件(くだん) 

でも、虎狼狸(ころうり)を知ってる日本人は少ないのでは。
日本の妖怪はどのようにして生まれたか?
そのひとつの答えが、この妖怪にある。

 

明治初期に発行された錦絵新聞に描かれた「虎狼狸獣」

 

むかしむかし、病気は目には見えない「ウイルス」によって引き起こされることを知らなかったころ、日本人はそうした災厄の原因を「鬼」や「悪神」によるものと考えた。
それで平安時代の日本人は密教に、そうした魔を祓い心身を守る効果を期待する。

「日本人 vs 病気」の歴史 空海の密教と高橋理明のワクチン

また京都・比叡山延暦寺のスーパー僧侶・良源(912年-985年)は、すさまじい法力の持ち主で病魔を払っていたという。
それで良源が鬼の姿になった「角大師」のお札を貼っておくと、疫病神を退けることができると信じられていた。

日本”最強”のお札(お守り):疫病神信仰と元三大師

 

 

さて、きのう7月14日は「検疫記念日」だった。
1879年(明治12年)のこの日、日本初の伝染病予防の法令「海港虎列刺病(コレラ病)伝染予防規則」が公布されたことにちなんでこんな記念日が爆誕。

明治時代にアメリカ人の学者モースが来日して、東京大学で働いていたころにコレラが流行する。
日記に「アジア虎疾(コレラ)」と書くモースは、日本人の徹底さに舌を巻く。
*「虎列剌」の表記が「コレラ」になったのは大正時代になってから。

当時、東京に5、6万台あったという人力車の車夫は、それぞれが塩化石灰の一箱を持たされた(街のいたるところにそれをまいのだろう)。
そして大学は毎朝こんな感じだ。

毎朝、小使が大学の廊下や入口を歩いて、床や筵に石炭酸水を撒き散し、政府の役人は、内外人を問わず、一人残らず阿片丁幾、大黄、樟脳等の正規の処方でつくった虎疫薬を入れた 小さな硝子瓶を受取る。

「日本その日その日 (モース エドワード・シルヴェスター)」

 

政府から渡された虎疫(コレラ)の薬にはいつ、どのように服用するかの英語の説明もあったという。

 

1884年にドイツの細菌学者コッホによってコレラ菌が発見されると、効果的な防疫体制が強化されるなどして、徐々にコレラの世界的流行はなくなっていく。
でも、江戸時代末期の日本人はまだコレラ菌を知らない。
それでこの病気を、「虎狼狸」(ころうり)という妖怪のしわざと考えた。
これは「コレラ」の名称から、虎、狼、狸のパーツが組み合わさってできた合成獣とされる。

 

 

コレラの原因はもちろんコレラ菌だ。
でも、科学が発達していなかった時代の日本人にとって、この病気を妖怪のせいとするのは自然な認識。
これは、病気の原因は悪鬼や疫病神といった「怪異」にある、と考えた日本人の伝統的な発想の延長にある。
すると今度は、虎狼狸を見たという話が巷(ちまた)に出回る。

1862年に江戸でコレラが大流行した時、あるコレラ患者が快方に向かうと、イタチのような獣が現れたから、住民が木の棒(薪)で叩き殺した。
コレラに感染した人の家から、同じ様な獣が家から出て行くのが目撃された。
コレラで亡くなった遺体から、同様の獣が飛び出した。

原因は分からないが病気によって、バタバタと人が死んでいくというオソロシイ現実が目の前にある。
すると理解できないコトを、不思議なモノのせいにする発想が出てくる。
コレラに対する日本人の恐怖が妖怪「虎狼狸」(ころうり)を誕生させると、今度はその「目撃談」が出てくる。
すると、この妖怪の存在はさらに確かなものになっていき、新しい目撃談が出てくるという悪循環におちいっていく。

 

正確な割合は知らないけど、妖怪は、未知なるものに対する日本人の不安や恐怖心によって生み出されたモノが多いはず。
「オレは見たんだ!」というウワサの発生原因も同じだろう。
そんなふうにして誕生した妖怪は、21世紀の現代では、海外の子どもや大人も魅了する日本の文化になった。
ただ「虎狼狸」さんが愛されキャラになるのはムズカシイと思う。

 

江戸時代末期の『藤岡屋日記』に描かれたコレラ獣

 

 

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今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。